地動説列伝(3)天動説の隆盛

 天動説はアリストテレス(紀元前190年 - 紀元前120頃)も採用していました。アリストテレスは、古代ギリシャ時代の学者として、その権威は絶大なものがありました。その著書が扱っているのは哲学だけでなく、自然科学や政治学など多岐にわたっています。少年時代のアレクサンドロス大王の家庭教師をしていたことも知られています。
 彼は同心円の中心に地球が位置し、その周囲を太陽や惑星、恒星が回っていると考えました。単純でわかりやすい考え方ですが、惑星の動きを説明することはできませんでした。画像

 地動説を唱えたアリスタルコスの説が受け入れられなかった理由は、アリストテレスの権威や神への不敬といった迷信じみたものだけではありませんでした。
 アリスタルコスの考え方には弱点がありました。飛んでいる鳥はなぜ地球の自転に取り残されないのか、まっすぐ上げた物がまっすぐ落ちてくるのはなぜなのか──これはのちにガリレオが「慣性の法則」で解き明かした課題ですが──、アリスタルコスには答えられませんでした。
 
 その一方で、惑星の不可思議な動きを説明するために、数学者アポロニウス(紀元前262-紀元前190頃)が、「周転円」という考え方を打ち出しました。
 アポロニウスによれば、惑星はが単純な円運動をしているのではなく、円周上に小さな円があって、その小さな円の周りを回っているのだというのです。その小さな円を「周転円」、その円が乗っている大きな円を「従円」といいます。
 遊園地のコーヒーカップのようなものを想像するとわかりやすいでしょう。コーヒーカップが遊具の中心の周りを回る軌道が「従円」で、コーヒーカップ自体がくるくると回転するそのフチの動きが「周転円」ということになります。
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 アポロニウスのこの考えは、天文学者ヒッパルコス(紀元前190頃- 紀元前120頃)に受け継がれました。
 ヒッパルコスは46星座を確定し、そのすべてが現在も使われています。また、観測によって、春分点と秋分点が毎年少しずつずれていることも発見しました。

 しかし、アポロニウスの「周転円」と「従円」だけでは、惑星の動きは大雑把にしか説明されません。
 そこで、古代ローマの学者プトレマイオス(83頃-168頃)は、さらに「従円」の中心は地球そのものではないという説を考え出し、つじつまを合わせました。
 (このプトレマイオスは英語では「トレミー」と言い、彼が確定した星座は「トレミーの48星座」と呼ばれていました。)
 プトレマイオスも数学や自然科学などで大きな貢献をした人なので、彼の説は長い間信じられ、それが根本から疑われることは久しくありませんでした。

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