を 男も女もバスティーユを攻めよ

を 男も女もバスティーユを攻めよ
(1789年フランス革命始まる)

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 フランスの財政はいよいよ逼迫し、これまで税金を免れていた聖職者や貴族に対しても税金を課さずにはおれなくなりました。そこでこの問題を巡って、1789年5月、175年ぶりに三部会が開催されました。これは身分別の議会で、第一身分(聖職者)、第二身分(貴族)、第三身分(平民)に分かれており、身分ごとに1票ずつの投票権を持っていました。したがって第三身分は国民の大多数を代表するにもかかわらず、この三部会では少数派だったのです。そこで1人1票を主張する第三身分の議員が集まり、これに第一・第二身分からも同調者が出て、「国民議会」を結成しました。

 国王はこれに対して、国民議会の議場を封鎖するという暴挙に出ました。しかし、議場を追い出された議員たちは、ジュー・ド・ポム(テニスに似た球技)の競技場に集まって、国王が禁止しようとも憲法制定まで会議を開き続けるという誓いをかわしました。これがいわゆる「テニスコートの誓い」です。

 宮廷は7月11日には2万の兵士をパリに集め、そしてパリ市民に人気のあった財務大臣のネッケルを罷免しました。しかしこれは民衆の怒りに油を注いだだけでした。「武器を取れ」という呼びかけに民衆が呼応し、バスティーユ牢獄を襲撃しました。そこは政治犯を幽閉する専制の象徴的存在であり、武器庫にもなっていました。7月14日、バスティーユが陥落したこの日をもってフランス革命の始まりとされています。

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