第6話 マグダラのマリア―2

「まあ! これはお初にお目にかかります。わたしシャルロットと申します。」
 少女はまた優雅な礼をした。
「シャルロットさんとやら、うちにいったい何の用だい?」
「わたし、どうしても会いたい方がいますの。」
「うちに?」
 ガブリエルはどうしても合点が行かない様子であった。この少女の目的が自分でないことははっきりしている。アルかディマンシュかのどちらかなのであろうが、アルはまだ子どもで、こんな娘がどうしても会いたがるようには思えなかったし、ディマンシュときたら、女性に縁がないのはアル以上である。
「ええ…、きっといらっしゃるはずだわ。あ、でも、もし違っていたら、どうしましょう…。」
少女は頬を染めながら言葉を続けた。
「十二、三歳ぐらいの男の子がいらっしゃいますわね…。」
 ガブリエルは、まだ少女が本題に入っていないのに、その言葉を引き取った。
「ああ、それならうちの息子だ。アルのことを言ってるんだね。」
 ガブリエルはアルを見直した。
『いつの間にこんなかわいい女の子と知り合ったんだろう。あの子もすみに置けないね。』

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この記事へのコメント

2006年04月15日 18:27
シャルロットはてっきりディマンシュに会いに来たかと思いきや、アルが目的なのでしょうか、それとも照れ隠しでしょうか。いずれにしろ今後の展開が目が離せません。さて、前回のすずなさんの出題ですが、300年も前の社会にあってディマンシュが当時当然とされていた差別・偏見の思想の持ち主でないのは、ユグノーこそが真実を見据えているからでしょうか。もしくは、学問によって真実を見分ける術を心得たのでしょうか。う~ん、はずれかな?
2006年04月16日 21:21
パッセさん、なかなかいいところをついているとは思いますが、それは事柄の半分だと考えられます。
一応、最初に想定していたのは、ディマンシュの両親は世間的な男女の役割とは逆になっているからということでした。彼の母親は頭の回転の速い、やり手の商売人です。一方父親は「知恵の実を食べそこねたような人間」として生まれてきました。こういう両親に育てられたことが彼の思想、感覚の基盤になっているということです。
しかしながら、そうであれば、彼の6人の兄姉たちも彼と同じ見地に立ってしかるべきではないかという疑問もわいてきます。彼らもおそらくぼんやりとはそういった感覚を持ってはいるとは思いますが、ディマンシュほど明確なものではありません。
彼が生まれ育った環境から得た感覚をいっそう研ぎ澄ましたのは、やはり彼の学問と思想に対する真摯な態度であったと考えられます。
生まれ育った環境と彼自身が努力して掴み取ったことの両方が結合することで、そうした成果が生まれたというのが、読者の皆さんとの討論の中で生まれた「正解」である、ということでどうでしょう。

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