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日 時 |
第59話 真理との邂逅-29
ディマンシュの意識は外部との交流を遮断してしまった。しかし、その活動は停止したわけではなく、むしろ、これまでよりも活発に動いていた。過去の別々の場面で生じたことが、同時並行的に、時系列を無視して、現れたり消え去ったりしていった。
『くそっ! ぼくのどこに、そんな馬鹿げた誤解の生まれる余地があるんだ? 女装したことか? もう何があっても金輪際あんな真似をするものか。畜生! アドルフがあそこまで獣じみたやつだとは思わなかった…。よりによって、このぼくにあんな振る舞いをするなんて! 恥辱だ…。思い...
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2012/01/29 08:16 |
第59話 真理との邂逅-28
『何とまあ、そうだったのかい。でも、はじめっからそんな気がしてたけどね。』
『わたしが断られた本当のわけが、ようやく分かったわ…。』
今度の沈黙を破ったのもアルだった。
「み、みんな何考えてるんだい? さっきからディマンシュは、熱のせいで意味のない支離滅裂なうわごとを口走ってるだけじゃないか。」
「アル、ディマンシュは持ち直したんだろう。そんなうわごとなんて言わないよ。」
ディマンシュが支離滅裂なうわごとを言うようになればおしまいだと言われていたガブリエルとしては、そんなことを認め...
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2012/01/28 09:23 |
第59話 真理との邂逅-27
三人ともしばらくの間黙り込んでしまったが、この沈黙を最初に破ったのはアルだった。
「おれにはわかる。君はきっとマタイの福音書で言われたことを自分に厳しく当てはめているんだ。」
マタイの福音書には、次のようなイエスの言葉が書かれてある。
「あなた方も聞いている通り『姦淫するな』と命じられている。しかし、私は言っておく。みだらな思いで他人の妻を見る者はだれでも、既に心の中でその女を犯したのである。もし、右の目があなたをつまずかせるなら、えぐり出して捨ててしまいなさい。身体の一部がなくなって...
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2012/01/27 10:15 |
第59話 真理との邂逅-26
「気持ちいいのかい…。こんなことでよかったら、いくらでもしてあげるよ。いつまでも、いつまでも…。」
ガブリエルはオーギュストの死の場面を重ね合わせずにはいられなかった。彼は妻への感謝の言葉を述べた翌朝、誰にも知られないうちに静かに息を引き取っていたのだった。
「ああ、それにしても、あんたのようないい男が、誰も娶らずにいるなんて…。ここにそんな人がいてくれたらねえ…。」
ガブリエルがいかにも残念そうにつぶやいた。そんな母親にアルは言い聞かせた。
「ディマンシュはどんな女にも心を奪われず...
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2012/01/26 09:47 |
第59話 真理との邂逅-25
『いや、アル、君は間違っていない…。あれだけ出血したんだから、君の腕の中で意識が薄れていく時、ぼくはもうこれで自分が目を覚ますことはないと思っていた。でも、こうして君たちの声を聞くことができる…。君はうまくやってくれた。でも、あれはまだ改良の余地がある…。リュックじいさんに何人かの血を集めてもらったが、混ぜて変質する場合と変質しない場合がある。君とぼくとの間では大丈夫だったが、誰にでも使えるというわけではない。あまりにも不確かな方法を誰彼なく使用するわけにはいかない…。』
ディマンシュの意識...
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2012/01/25 09:48 |
第59話 真理との邂逅-24
シャルロットが集落に着いた時に、彼女を出迎えたのはサラだった。
「ああ、シャルロット、あんたは本当によくやってくれたよ。脱獄は成功したよ。アルも無事さ。」
うれしい知らせを告げるはずのサラの表情は固く、その声も重苦しいものであった。
「あの…何か…、何かよくないことが…?」
「ああ、一つだけね…。実は、ディマンシュが危ないんだ。」
「ええ?!」
「逃げる途中で見張り兵士の弾に当たったんだ。手当はしたんだけど、どうも思わしくないんだよ。」
「な、なんてことでしょう。今はどこにいら...
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2012/01/24 09:40 |
第59話 真理との邂逅-23
侍女はいつも待ち合わせ場所に使っていた屋台がないので、所在なさげにシャルロットが戻ってくるのを待っていた。町の雰囲気はあわただしく、囚人が逃げ出したのではないかという噂がすでに飛び交っていた。
「ああ、シャルロット様。」
侍女はシャルロットの姿を見ると言った。
「恐ろしいことに、囚人が逃げ出したそうですわ。わたし、もうこの町から一刻も早く出て行きたく存じます。どこに悪者が潜んでいるか…。」
「そうね…。」
シャルロットは落ち着き払って侍女と共に馬車に乗った。
「わたし、もうこん...
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2012/01/23 09:27 |
第59話 真理との邂逅-22
コンスタンスの塔で囚人たちがいなくなったのに気が付いたのは、朝の見回りの時であった。
「た、たいへんです! 囚人たちがいません!」
「なんだと?」
カユザックがあわてて部屋に行くと、そこはもぬけの殻であった。壁の石が一つはずされており、そこから脱出したことは明らかであった。
「なんという失態だ。すぐに近くの部隊に連絡を取れ!」
すぐさま捜索がおこなわれたが、目撃者もなく、足取りはつかめなかった。
『ああ、どうしたらいいのだ…。』
そんなおり、シャルロットがコンスタンスの塔を...
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2012/01/22 15:31 |
第59話 真理との邂逅-21
ガブリエルは、もはやぴくりとも動こうとしないディマンシュの手を懸命にさすり、その手にほおずりをした。
「さあ、もう一度動いてごらんよ。さっき、あたしの手を握り返しただろ。」
ガブリエルの懸命の努力にもかかわらず、ディマンシュの手は動かないままであった。ガブリエルの目から涙がにじみ出てきた。彼の手は動きはしなかったが、涙が彼の手を濡らすのを感じることはできた。
『この手を濡らしているのは、ガブの涙なのか。ガブがぼくの手を握って泣いている…。やはり、死ぬのはぼくなのか…。とうとう、ぼくの番...
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2012/01/21 10:43 |
第59話 真理との邂逅-20
『死…、死…? いったい誰が死ぬんだ…?』
うつろな意識の中でディマンシュはガブリエルの声を聞いた。何か大きなものに身体を押さえつけられ、静かに地の底へ沈んでいくような感覚の中で、体を動かすことはもちろん、何かを考えることすら大儀であった。身体の中も、身体を取り囲むものも、何もかもが、重く鈍いもので満たされており、ひたすら、けだるかった。しかし、ガブリエルの呼びかけは、そんな澱んだ水のような彼の意識に投げられた小石の役割を果たした。小石は水の中に沈んでいったが、それが引き起こした波紋は止めど...
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2012/01/20 09:46 |
第59話 真理との邂逅-19
リュックはもう一つの部屋に通じる戸を開けてガブリエルを案内した。そこには胸の悪くなるような血の臭いがただよっていた。それはこの夏の暑さで、腐敗臭に変わろうとしていた。部屋の真ん中に置かれた寝台に寝かされていたのは、今度こそディマンシュであった。彼はひどく憔悴していることが一目で見て取れた。固く目を閉じ、額には汗がにじみ出ており、そばにいる者まで苦しくなってくるような荒い息づかいをしていた。ガブリエルはそばに駆け寄り、彼の手を握った。手もじっとりと汗ばんでおり、異様な熱がこもっていた。
「しっ...
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2012/01/19 11:11 |
第59話 真理との邂逅-18
おそるおそる毛布の上から手を当ててみると、穏やかな規則正しい呼吸で身体がゆっくりと動いているのが感じられた。ガブリエルは安心した。
『マゼルったら、大げさなんだから…。』
そこへ小屋の奥の部屋からリュックじいさんが現れた。
「おお、ガブ、間に合ったか。おまえさんにとっても、かわいい甥じゃ。最期を見取ってやるがいい。」
「じいさん、何言ってんだい。昔っからやぶ医者だと思ってたけど、年をとっていよいよもうろくしちまったね。どこのだれが死にそうだっていうんだい。よく眠っているだけじゃないか...
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2012/01/18 10:41 |
第59話 真理との邂逅-17
ガブリエルは何も知らないまま浮き浮きとした気分で約束の集落にやってきた。
「そろそろ到着する頃かね…。もう先についてるかもしれないな。」
彼女は解放された者たちを祝うためにお菓子を焼き、それから家の酒蔵の中で一番いい葡萄酒を選り分けて籠に詰めて持ってきた。しかし、集落の雰囲気は明るいものではなかった。男も女もみな悲痛な表情で祈りを捧げていた。
「ど、どうしたんだい? みんな。まさか…。」
ガブリエルは事が失敗したのだと思った。しかし、あたりを見回した彼女の目に一人の人物の姿が目に入...
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2012/01/17 10:40 |
第59話 真理との邂逅-16
サラとマゼルがリュックを連れて小屋の中に飛び込んできた。血まみれのまま横たわっているディマンシュのそばでアルがひざまずいていた。
「医者を連れてきたぜ!」
「さあ、傷の具合を見せてもらおうか。」
リュックがそばに近寄ると、彼はアルがとんでもないことをしているのに気が付いた。
「な、何をやっておる!」
リュックはあわててアルを押しやった。この非力な老人の一押しにアルはその場に倒れた。彼の顔は真っ青であった。
「さ、最後までやらせてくれ…。」
アルは力なく言ったが、リュックは強...
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2012/01/16 11:44 |
第59話 真理との邂逅-15
サラは夫の無事を喜び合う間もなく、この緊急事態に対処した。彼女はアルに手近な小屋にディマンシュを運ぶよう指示した後、夫と共に、外科医を呼びに出かけていった。
サラに言われるがままに入っていったその小屋こそはディマンシュが診療のための器具や薬を置いている所であった。部屋は二つに区切られ、それぞれに寝台が置かれていた。アルはそのうちの一つにディマンシュを横たわらせた。傷口に当てた布は血で染まり、彼の息はもはや絶え絶えになっていた。このまま弾を取り出そうとしても、その手術の最中に彼が事切れる恐れ...
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2012/01/15 11:05 |
第59話 真理との邂逅-14
アルはディマンシュがもたれている肩がひどく重くなるのを感じた。そして、彼はアルの膝の上に倒れ込んできた。
「おい! 大丈夫か!」
ディマンシュは力のない声で言った。
「…ちょっと、寝かせてくれないか。…さすがに疲れたよ。」
「もちろんいいとも。」
「…ところで、目的地はわかってるだろうな。」
「ああ、見当はついている。おれの家からさほど遠くない所だろう。森を抜けたところにちょっとした空き地があったのは知っている。あそこじゃないのか。」
「そう…、その通りだ…、なら、安心だな…。...
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2012/01/14 12:12 |
第59話 真理との邂逅-13
するとアルが不意にこんな言葉をすらすらと口にした。
「土ぼこりと思われ、足下に踏みつけられている最下層の軽蔑された人々において、そう、彼ら自身の中から正義の法は最初に現れる…。」
それは今ディマンシュが言った言葉に似てはいるが、違っていた。彼はヴェルサイユ宮殿の建設という具体的な事象において下層の人々の役割について述べたのだが、アルが言ったことはそれをもっと普遍化したものであった。
「今の言葉は…?」
「ああ、何だったっけ…。何かに書いてあったんだ。ずっと忘れてたのに、今、君が言った...
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2012/01/13 09:55 |
第59話 真理との邂逅-12
「やっぱり笑うんだな…。」
ディマンシュは少し拗ねたようにつぶやいた。
「いいじゃないか。無事にたどり着いたらみんなで一晩中でも踊り明かそうじゃないか。」
「…ああ、そうだな。」
ディマンシュは柔らかな微笑みを浮かべた。
「…なあ、アル、ところで、パリに行った時の話を聞かせてくれないか。国王に会えるというのは、結局のところ嘘だったのか。」
「ところが、それは本当だったんだ。」
「ほお! もっと詳しく聞かせてくれ。」
ディマンシュは目を輝かせた。
「実際に会えたのはジャン一...
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2012/01/12 09:42 |
第59話 真理との邂逅-11
「ぼくはあの時の別れが今生の別れになったんじゃないかとずっと気に病んでいた。ジャンについては、ローザンヌにいるとか、サヴォワにいるとか、色々な噂が流れてくるから、生きていることだけは確かだと思っていた。しかし、君の行方だけは杳として知れなかった。考えたくはなかったが、君がもう殺されている可能性まで頭から離れなかった…。彼らならそれぐらいのことやりかねないからな。」
「ディマンシュ、おれだって同じだ。おれも君が死んだと思いこんでいた時があった。」
「それはまたどうして?」
「アレスの収容所に...
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2012/01/11 11:00 |
第59話 真理との邂逅-10
「それにしても、さっきおれたちを助けてくれた人…、あの人がいなければきっと追っ手に追いつかれていた。いったい誰だったんだろう…。どこかで見たことがあるような気もするんだが…。」
アルの疑問にディマンシュがぼそっとつぶやいた。
「彼があそこまで義理堅いとは思わなかった。」
「ディマンシュ、彼が誰だか知ってるのか?」
「ああ、今回の脱走の手助けをしてくれた吟遊詩人だ。実を言うとぼくのボルドー時代の知り合いだ。フランス中を旅して回っているが、これまでこの地方にも何度か来ていたそうだが、その時...
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2012/01/10 08:49 |