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日 時 |
第42話 その名は“カミザール”-21
ガブリエルはアルにせがまれるままに一六七五年にブルターニュで起こった一揆のことを話した。
「あれはあたしがまだ十四か十五のころだったよ。今とおんなじように王様は戦争ばかりしていたし、そのためにひどい税金が取られるし…。それでブルターニュの人たちがとうとう知事や貴族の館を襲ったんだよ。その中にあたしの父ちゃんと兄ちゃんもいた。みんな乏しい武器で勇敢に闘ったんだ…。」
アルはじっと黙ってガブリエルの話を聞いていた。
「けど、結局大勢の軍隊にはかなわなかった。父ちゃんと兄ちゃんは最後まで知事...
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2009/11/21 08:25 |
第42話 その名は“カミザール”-20
十一月の定期市から帰ってきた時のアルの様子はこれまでとはさらに違っていた。彼は手に一枚の紙を持っていた。その紙は定期市の人混みの中を通り抜けた際に彼の荷物の中にいつの間にか紛れ込んでいたものであった。それはバヴィル知事とブログリ伯爵に宛てた宣言文の写しであった。知事らがこの手紙を無視した場合のことを想定して、この手紙は数多くの写しが取られていた。そして、定期市のような人の集まるところでそっと配布されていたのであった。
「母ちゃん…。」
アルは思い詰めたようにガブリエルに話しかけた。ガブリ...
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2009/11/20 08:41 |
第42話 その名は“カミザール”-19
これまで何ごとにも気のない様子であったアルが示された表紙をまじまじと見ているのを見て、ロランは我が意を得たりというように言った。
「『キリスト教綱要』といえば全部で四巻あるのが決定版なんだが、これはカルヴァン師が二十六歳の時にお書きになった初版の『キリスト教綱要』だ。二十六歳といえばおれたちとたいして変わらん年頃じゃないか。師というよりもむしろ先輩って感じだ。え、アル、おまえはいくつだい? たしか二十三、四だろ。おれは二十二だがな。いや、もちろん、おれたちがあと三、四年でこれだけのものを書こ...
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2009/11/19 09:48 |
第42話 その名は“カミザール”-18
「おいおい、いったいどうしちまったんだ?」
ロランはアルの顔を真剣な顔で見つめた。アルはその視線に耐えきれなくなってそっぽを向いてしまった。
「なんだかおれの知っているアルじゃないようだ…。なにか悩みでもあるのか?」
アルは黙って首を振った。ディマンシュにさえ長い間打ち明けることができなかったのである。しかもより不本意な状態になった今、ロランに話すことなどできるはずもなかった。
「そうか…。どうもおれじゃ駄目なようだな。」
ロランはため息を一つつき、それから立ち上がって出て行こう...
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2009/11/18 09:44 |
第42話 その名は“カミザール”-17
ロランは勢いよくアルの部屋の戸を開けた。
「よお、アル!」
アルは眠ってはいなかったが、寝台の上に腰をかけ、両手を額に当ててうなだれていた。ロランが入ってきた時に少し顔を上げたが、また元のようにうつむいてしまった。
「なんだかしけた面してんなあ。でも、この話を聞きゃあ、きっとびっくりして元気になるぜ。」
心やすくロランが言ってもアルは黙っていた。
「あのシェーラ司祭が殺されたんだ。しかもそれをやってのけたのはセギエさんたちなんだ。」
「知ってる。」
アルは気のなさそうにぽつ...
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2009/11/17 08:58 |
第42話 その名は“カミザール”-16
そんなある晩、彼の家の戸をたたく者がいた。
ガブリエルはそれに気がついたが、アルは自分の部屋に引っ込んだままであった。
「誰だろう?」
「おい、おれだ。おれだよ!」
ガブリエルは戸の隙間からそっとのぞいてみたが、一人の男の姿だけが見えた。よく見ると銃を背負い、剣を腰に携えていた。
「あやしいやつだね。」
ガブリエルはほうきを手にして待ちかまえた。
「誰もいないのか? なんだ開いているじゃないか。」
入ってきた男にガブリエルはほうきを打ち下ろした。
「うわっ! 何するん...
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2009/11/16 10:14 |
第42話 その名は“カミザール”-15
アルはその翌日から普段通りの仕事を再開した。しかし、彼が精神的に回復を遂げていないことは明らかであった。彼はガブリエルに対してもほとんど口をきくこともなく、表情もうつろであった。何かを考えているようでもなかった。考えることが面倒なので、仕事をしているというようにも見えた。
ガブリエルにそう見えたのももっともであった。アルは昼間のうちはただひたすら働くかそれとも黙って食事をするかのどちらかであった。彼が考えに浸るのはひとりになって寝台に入ってからであった。眠りに就くまでのまどろみの時間、彼は...
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2009/11/15 08:46 |
第42話 その名は“カミザール”-14
セヴェンヌのどこかで反乱者による襲撃が行われたり、捕りものがあったりしても、ガブリエルの日常は変わらなかった。家の前の畑の手入れをしたり、森の中に入ってはキノコや栗を採ってきたりした。そうした収穫物を保存がきくように処理しておくのも彼女の仕事であった。彼女は栗の皮をむきながら、定期市に買い物に行っている息子のアルが戻ってくるのを待っていた。
三ヶ月余り前、彼女の息子の身にはひどい災難が降りかかった。長年の労苦が報われたと思った瞬間にその約束は反故にされてしまった。もう少しで手が届くところだ...
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2009/11/14 09:35 |
第42話 その名は“カミザール”-13
「ところで、アドルフ、おまえはあの連中…、カミザールの最近の動向を知っておるか。」
「相変わらず卑劣にも夜中に教会や貴族の屋敷を焼き討ちしているのでしょう。」
「それだけではない。厚かましくもブログリ伯爵に手紙を書いて寄越しおったのだ。」
「なんと! そのような大胆なやり口はますますあの男のものであるような気がします。いったいどんな手紙を書いて寄越したのです?」
「中身は実に荒唐無稽で被害妄想に満ちておる。ローマ教会のお偉方のせいで荒野や山や洞穴に追いやられたとか書いておる。しかも署名が...
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2009/11/13 09:17 |
第42話 その名は“カミザール”-12
プール隊長は機嫌が悪かった。以前から気さくな人間であるとはとうてい言い難かったが、最近はそれに拍車がかかっていた。ちょっとしたことで誰彼かまわず当たり散らすので、部下はみなできるかぎり彼を遠巻きにし、格別の命令がある時以外は近づこうとしなかった。彼の話相手を務めるのは、いきおい副官のアドルフ・ド・ルールだけになっていた。
「あのジェデオン・ラポルトを亡き者にしてやったというのに、相変わらず教会や貴族の館への襲撃がやまない。先日はアレスのセルヴァ城までが襲撃されてしまった。隊長以下兵士たちはみ...
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2009/11/12 10:01 |
第42話 その名は“カミザール”-11
マゼルが興奮して叫んだが、ジャン・カヴァリエが静かに口を挟んだ。
「ディマンシュ、おれは同じ作戦を連続しておこなうのはよくないと思う。それよりも、例のものは?」
「下書きはすでにできている。みんなの意見を聞きたい。」
ディマンシュの書いたものは、ブログリ伯爵とバヴィル知事に宛てた一種の宣言文であった。それは、自分たちが旧約聖書に描かれた預言者のように信仰故に迫害されていることを示し、この反乱がかつてフランスに存在していた信仰の自由を回復することを目的にしていることを示していた。
「お...
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2009/11/11 08:41 |
第42話 その名は“カミザール”-10
セルヴァ城襲撃に成功したことで反乱者一同は喜んだが、アブラアム・マゼルだけは苦い顔をしていた。ディマンシュがそれに気がついてそっとマゼルに話しかけた。
「どうした、マゼル。浮かない顔だな。」
「そもそもあの軍服はおれが奪ってきたものだ。それを使った作戦におれが参加できないなんてことがあるかい。」
「あの時、軍服は一着しかなかった。一番似合う者が着るべきだろう。それに、捕虜の役で参加することもできたはずなのに、そんなみっともない役は嫌だと言ったのは君だろう。」
「ふん、それに女を戦場に...
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2009/11/10 08:14 |
第42話 その名は“カミザール”-9
「その言葉を保証するものをいただくわ。」
マリエットはそう言って真正面の兵士を指さした。横にいたマクシミリアンがうなずくや、手練の技でその男の耳を断ち切った。彼の剣はさらなる血にまみれ、城内には悲鳴が響いた。
「マリエット、これでいいか。」
「ええ、隊長とこの男と。この二人で十分だわ。」
メゾン・アンドレ襲撃の事例にならって、彼らは捕虜の処遇については乙女の見解を尊重することにしていたのであった。
「もしも今の誓いを破り、戦場で再び相まみえることがあったなら、今度こそ容赦はしない。...
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2009/11/09 09:46 |
第42話 その名は“カミザール”-8
兵士たちの一人が他の者に目配せをした。
『何でもいいから誓っておけ。この場を切り抜けさえすればあとでいくらでも吠え面かかせてやれる。』
他の兵士たちもその目配せの意味をくみ取って、みな口々に誓いの言葉を発し始めた。
「誓う。」
「誓うとも。」
「だから命だけは助けてくれ。」
「よかろう。」
マクシミリアンが言った。兵士たちはこの首領らしい貫禄の男がそう言うのを聞いて安堵の表情を浮かべた。中には『お人好しめ』とほくそ笑む者すらいた。そうしてほくそ笑んだ後で、その兵士は従卒の若者...
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2009/11/08 11:45 |
第42話 その名は“カミザール”-7
こうしてセルヴァ城の守備兵はわずかな手勢によってみな捕縛されてしまった。中庭に並べられた捕虜たちをサロモン・クデルクは憎々しげににらみつけ、剣を振りかざした。
「こいつら…、殺しても飽きたらぬ。」
サロモンのいとこのジャックはドゥベーズの城で射殺され、弟のジャンはジェデオン・ラポルトと同じ時に殺されていたのだった。兄の方のランポンがサロモンの殺気だった様子に気がついて彼を止めた。
「待て、サロモン。捕虜の処遇についてはあの時エスプリがやったようにするんだ。それがエスプリがおれたちに残し...
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2009/11/07 08:09 |
第42話 その名は“カミザール”-6
しかし、その数秒後、獲物を追い詰めたはずの兵士たちが逆に自分たちが追い詰められていたことに気がついた。残りの五人の捕虜たちがいつのまにか縄を手にして背後に立っていたのである。彼らをしばっていたはずの縄は、実は縄抜けをするまでもなく簡単にほどけるようになっていた。
今度は兵士たちが縄でくくられ、武器も軍服も奪われて裸同然にされた。捕虜のふりをしていた男たちは奪ったばかりの軍服を着て兵士に変装した。
「軍服が一人分足りないな。」
「ディマンシュ、君の顔の血のりはぬぐっただけじゃ取れそうにな...
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2009/11/06 08:50 |
第42話 その名は“カミザール”-5
数日後、アレスの守備隊が駐屯しているセルヴァ城に、将校とその従者が、縄で後ろ手に縛った六人の男たちを連れて入っていった。堂々たる体躯の将校はブログリ伯爵とバヴィル知事の署名の入った命令書を示してこう言った。
「この連中が教会に火をつけようとしていたところを捕らえてきた。これからモンペリエに連行するところだが、この城で休息させていただきたい。」
将校は若くて少年のような華奢な体つきの従者とともに城内に温かく迎えられた。彼らはこの城内の守備隊の隊長と食事を取る手はずとなった。一方、捕虜たちは...
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2009/11/05 08:20 |
第42話 その名は“カミザール”-4
ディマンシュがおもむろに立ち上がって言った。
「説明しておこう、カスタネ。我々の間には主従関係はない。皆等しく同じ信仰で結ばれた平等な仲間なのだ。」
「ふ〜ん、仲間だってのはわかるが、こんなガキとも同じ扱いを受けるのか?」
カスタネはジャン・カヴァリエを指さした。
「カスタネ、そいつをあんまりみくびらねえ方がいいぞ。そいつはおれたちの中でジェデオン・ラポルトとの勝負に勝った唯一の男だ。」
ロランが笑みを浮かべながら言い、ディマンシュとマゼルが同意の印にまじめな顔でうなずいた。ジャ...
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2009/11/04 08:18 |
第42話 その名は“カミザール”-3
「おい、今の誰だっけ。」
「えーと、身なりからしてどこかの部隊の将校だろう。そういえば、おれたちはこの首が盗まれないように見張れっていう命令しか受けてないんだから…。」
「そうだったな。もう少しで命令されていないことをしてしまうところだった。不審なやつを逮捕するのはあの男の任務ってわけだな。」
役人たちは自らの任務を全うしたが、カスタネを連れて行った大男が反乱軍の一員かもしれないということまでは気が回らなかった。
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2009/11/03 09:19 |
第42話 その名は“カミザール”-2
見張りの役人はつっけんどんに言った。
「謀反人の末路だ。」
「いくら謀反人だかなんだか知らねえが、こんなやり方はねえだろ!」
「どうやらおまえは謀反人の仲間らしいな。」
「はあ? こいつらの顔なんぞ見たことないっていうのに?」
「嘘をつけ!」
「本当だとも。」
カスタネは中央におかれたその首をもう一度見た。そしてそこにある名札が目に入った。
「なんだって…、ジェデオン・ラポルト?」
「やはり知り合いなのだな。」
「知り合いになる前にこんな無惨な姿になっちまって…。」
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2009/11/02 08:45 |