テーマ:歴史

か かわいそうなルイ十六世

か かわいそうなルイ十六世 (18世紀末 アンシャンレジーム末期)  ルイ十六世の時代になると、フランス旧体制(アンシャン・レジーム)は、いよいよ深刻な状況を迎えます。  ケネーの重農主義思想に強い影響を受けたテュルゴーが財務総監として取引の特権を廃止する改革をおこないますが、失脚してしまいます。その後、銀行家のネッケ…
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よ 世に響き渡るウィーン音楽

よ 世に響き渡るウィーン音楽 (18世紀後半~19世紀初 ウィーン古典派の隆盛)  現在も「音楽の都」と称えられているウィーンですが、18世紀後半から19世紀初頭にかけては「ウィーン古典派」として知られる音楽家たちが活躍しました。その代表が、ハイドン(1732~1809)、モーツァルト(1756~1791)、ベートーヴェ…
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た たくましい腕と土地とが価値の源泉

た たくましい腕と土地とが価値の源泉 (18世紀 重農主義 1758年ケネー『経済表』発表)  ルイ十四世が没した後、フランスの財政はこれまでのつけが回って破綻に向かって進んでいきます。  そんな中、なんとかフランスの経済を立て直そうとしたのがフランソワ・ケネー(1694~1774)でした。  彼は元々は外科医で、5…
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れ 歴史に刻む「抵抗せよ」

れ 歴史に刻む「抵抗せよ」 (18世紀 信教の自由を求める闘い──マリーの投獄1730~68年)  マリー・デュランという女性は、兄がユグノーの説教師であったという理由で18歳の時に逮捕され、以後38年間もの間コンスタンスの塔に閉じこめられてしまいました。しかし、彼女は壁に「Resistez!(抵抗せよ) 」という言葉を…
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そ それなら決めよう権利の章典

そ それなら決めよう権利の章典 (1689年 権利の章典)  イギリス革命はオリヴァー・クロムウェルの死後まもなく1660年に終わり、チャールズ二世による王政復古を迎えました。王政復古の当初は、議会を尊重する姿勢を見せた国王でしたが、次第に議会と対立していきます。彼の死後即位した弟のジェームズ二世は専制的なふるまいを…
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つ つらい仕打ちを受けるユグノー

つ つらい仕打ちを受けるユグノー (1685年ナントの勅令廃止)  1598年、アンリ四世は、内乱に終止符を打つために、ユグノーに対して信仰の自由を一定認める内容のナントの勅令を発付しました。国王になるためにカトリックに改宗したアンリ四世ですが、古くからの家臣たちは信仰による迫害を心配する必要もなくユグノーのまま国王に仕…
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ね 狙いは一つ宰相マザラン

ね 狙いは一つ宰相マザラン (1648~53年 フロンドの乱)  1648年、フランスでフロンドの乱がおこりました。フロンドとは、「石投げ(器)」という意味で、この当時、三十年戦争の戦費捻出のために重税が課され、庶民の生活は非常に苦しくなっていました。そんな不満が、高等法院の参事の逮捕で爆発し、民衆がルーヴル宮殿に押し寄…
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な 仲間と共に耕せこの国

な 仲間と共に耕せこの国 (1642~60年 清教徒革命 1649年 ディガーズ登場)  1642年、イングランドでは、王党派と議会派の間で内乱が始まりました。いわゆる「清教徒(ピューリタン)革命」です。詳しくは、「イギリス革命」のシリーズをご覧ください。  一般的な重要度から言えばクロムウェルやレヴェラーズ(水平…
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ら ライバル同士三アンリ

ら ライバル同士三アンリ (1562~98年 ユグノー戦争)  カルヴァン派はフランスでは「ユグノー」と呼ばれました。カトリックを奉ずるフランス国王はユグノーを弾圧しましたが、次第に勢力を伸ばしていきました。  1562年、カトリック陣営の中でも強硬派のギーズ公がユグノーを虐殺した「ヴァシーの虐殺」事件をきっかけに両派は戦乱を…
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む 無敵艦隊 敵がいた

む 無敵艦隊 敵がいた (1588年 アルマダの海戦)  1571年、スペインは、オスマン帝国の艦隊をレパント沖の海戦で勝利しました。これはオスマン帝国が初めてヨーロッパ勢力に敗北した戦いでした。それまで無敵を誇っていたオスマン帝国の艦隊を打ち破ったことで、今度はスペインが「無敵艦隊(アルマダ・インベンシブレ)」を名乗る…
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う 「海の乞食(ゴイセン)」とはおれたちのことさ

う 「海の乞食(ゴイセン)」とはおれたちのことさ (16世紀~17世紀 オランダ独立戦争1568~1648)  ルターによるカトリックへの抗議から始まった宗教改革運動ですが、ルター派はその支持者の諸侯の領地以上にはあまり広がりませんでした。しかし、その後カルヴァンがジュネーヴで宗教改革運動を興し、カルヴァン派のプロテスタ…
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ゐ 威信つぶれた天動説

ゐ 威信つぶれた天動説 (1543年 コペルニクスの地動説登場)  世の中がひっくり返ったような価値観の転換が起こることを「コペルニクス的転回」と言いますが、それは、ポーランドの天文学者ニコラウス・コペルニクス(1473~1543)が地動説を発表したことに由来します。  普通に観察していると、太陽や月や星は東から登…
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の 農民見捨てたマルティン・ルター

の 農民見捨てたマルティン・ルター (1524~25年 ドイツ農民戦争)  ルターの抗議から宗教改革が始まったわけですが、この改革はルターの意図を越えて広がりました。  特に領主と教会の両方から課される税に苦しめられていた農民の中では、教会の権威によるのではなく直接聖書に基づく信仰のあり方を知って、現存する権威や秩…
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お 大きく掲げた抗議文

お 大きく掲げた抗議文 (1517年 宗教改革:ルターによる95ヶ条の論題の発表)  1517年、マルティン・ルターはローマ教皇の免罪符販売に抗議するために「95ヶ条の論題」をヴィッテンベルク市の教会に貼り付けました。彼は聖書に基づき、信仰のみによって救われると考えていました。そんな彼にとって、免罪符の販売は許し難いこと…
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く 苦労してたどり着いたがここインド?

く 苦労してたどり着いたがここインド? (1492年 コロンブスの新大陸への航海)  1492年というこの年は、「いよ~くに(1492)が見えた」という語呂合わせで有名です。  新大陸「発見」ではなく「到達」だと前に書きましたが、正確に言えば、この1492年にコロンブスが到達したのは、カリブ海の西インド諸島の島のひとつ…
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や 安いよ安いよ 免罪符買いな

や 安いよ安いよ 免罪符買いな (15~16世紀 免罪符の大量販売)  免罪符は、正確には「贖宥状(しょくゆうじょう)」と言います。罪そのものを免じるわけではなく、罪を犯した場合の償いが免除されるということです。  いずれにせよ、罪を心から反省しなくても、金さえ出せば赦されたことになるというのでは、信仰も何もあったもの…
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ま まったく愚かな薔薇戦争

ま まったく愚かな薔薇戦争 (15世紀後半 薔薇戦争1455~85年)  百年戦争(1337~1453年)が終わったのもつかのま、イングランドでは王位を巡って、ランカスター家とヨーク家との間で争いが起こりました。この両家とも親戚同士で、だからこその激しい争いとなりました。ランカスター家が赤薔薇、ヨーク家が白薔薇のバッジを…
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け 研究重ねた活版印刷

け 研究重ねた活版印刷 (15世紀中頃 グーテンベルク活版印刷機発明)  ドイツの職人グーテンベルク(1398年頃~1468年)は活版印刷機を発明したことで知られています。ブドウ絞り器を改良し、金属の活字を組み合わせて活版印刷機を作成しました。そして1450年頃には印刷所の経営を開始しました。  1455年に、この活版…
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ふ フランス救ったジャンヌ・ダルク

ふ フランス救ったジャンヌ・ダルク (1429年 百年戦争末期 ジャンヌダルク登場)  中世においては、現在イメージされる「国」とか「領土」とかいうものは、かなり曖昧なものでした。イングランド王リチャード1世の頃はフランスの西半分がイングランド領でした。その後のジョン王の時代にその大半を失いましたが、南西部のギュイエンヌ(ほ…
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こ 混乱きわまる教皇庁

こ 混乱きわまる教皇庁 (14世紀終わり~15世紀初め シスマ(教会大分裂)1378~1417年)  1309年に始まった教皇のアヴィニョン捕囚の時代は1377年に教皇がローマに戻ったことで、いったん終わりました。しかし、その後、さらなる混乱の時代に突入していきます。  次の教皇がローマで選出されたのに対して、フランス…
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え えげつないペストの威力

え えげつないペストの威力 (14世紀中~後期 ペスト大流行 特に1347~1351年)  14世紀には全世界でペストが猛威をふるいました。重症化すると皮膚に黒い斑点ができていき、致死率も高かったので「黒死病」とも呼ばれました。  1347年にイタリアで患者が発生し、イングランドや北欧、北アフリカ沿岸地帯にまで影響が及…
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て 天国に煉獄、地獄もペン一本

天国に煉獄、地獄もペン一本 (14世紀 ダンテ『神曲』発表」)  14世紀のイタリアで、詩人ダンテ・アリギエーリ(1265~1321)によって生み出された長編叙事詩『神曲』(イタリア語の題を直訳すると「神聖喜劇」)は、知識人にしかわからないラテン語ではなく、トスカーナ地方の言葉で書かれ、当時の人々に広く読まれました。 …
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あ アヴィニョンに閉じこめる気かこのわしを

あ アヴィニョンに閉じこめる気かこのわしを (14世紀 教皇のアヴィニョン捕囚 1309~1377年)  西ヨーロッパの中世は、ローマ教皇と各国の王や諸侯たちとの勢力争いの時代でもありました。  十字軍が始まる頃まではローマ教皇の権威は絶大でした。誰しも、ローマ教皇に「破門」されないよう、恐れおののいていました。例えば…
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さ 最後は失政ルイ九世

さ 最後は失政ルイ九世 (13世紀 ルイ九世の治世 在位:1226~70))  フランス王ルイ九世は信仰が厚いことで知られ、フランスのカペー王朝の中で最も有名で人気があります。死後、カトリック教会から聖人とされ、「聖王ルイ(サン・ルイ)」と呼ばれました。  父王ルイ8世の死後12歳の若さで即位したために、しばらくは母親…
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き キリスト嘆くアルビ十字軍

き キリスト嘆くアルビ十字軍 (1209~29年 アルビジョワ十字軍)  イエス・キリストが登場した時は、「人はすべて神の愛のもとに平等である」という考えに立ち、病や貧困に苦しむ人々や社会的な差別を受けていた人々から熱烈な支持を受け、ローマ帝国の圧政の中でも広まっていったキリスト教ですが、ローマ帝国の国教となって権力と結びついた…
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ゆ 許すなジョンの暴政を

ゆ 許すなジョンの暴政を (1215年 マグナ・カルタ制定)  この当時、イングランド王は現在のフランス領内にも広大な領土を抱えていましたが、リチャード1世の後イングランドの国王となったジョン王は、フランスとの戦争で敗北し、その領土のほとんどを失っていきました。にもかかわらず、ジョン王は戦争協力金などの名目で勝手に税金を…
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め 迷惑受けるビザンティン

め 迷惑受けるビザンティン (1202~04年 第四次十字軍)  十字軍が当初の目的通り「異教徒からのエルサレムの奪還」に成功したのは第一回目だけでした。再度イスラム側に取り返された後は、全ての十字軍はその目的を達し得ませんでしだ。しかも、全ての十字軍で「聖地奪還」にふさわしからぬ所業がなされました。  その中でも特に…
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み みんなの英雄ロビン・フッド

み みんなの英雄ロビン・フッド (12世紀~13世紀 ロビン・フッド伝説)  ロビン・フッドといえば、イングランド中央部ノッティンガムのシャーウッドの森を根城にした義賊として有名です。巨漢なのに「リトル・ジョン」と呼ばれている怪力の男や、タック修道士など、個性的な豪傑たちと共に、悪代官を懲らしめ、貴族や聖職者の富を奪って…
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し 獅子心王リチャード騎士の鑑

し 獅子心王リチャード騎士の鑑 (12世紀末 イングランド王リチャード1世登場 在位:1189~ 1199年)  イングランド王リチャード1世の生涯は戦乱に明け暮れ、その勇猛さを「獅子心王(ライオン・ハーティッド)」と称えられ、吟遊詩人によって騎士の鑑とうたわれました。  1187年、エルサレムはサラーフ・アッデイーン…
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ゑ 笑みを浮かべるヴェネツィア商人

ゑ 笑みを浮かべるヴェネツィア商人 (11世紀~15世紀 ヴェネツィアの繁栄)  十字軍で大儲けをしたのがヴェネツィア商人でした。  イタリア北部の港町ヴェネツィアは、7世紀末から自治権を持った「ヴェネツィア共和国」として東西貿易や香辛料貿易で繁栄していました。10世紀後半からはイスラム諸国とも商業条約を結んで交易を拡…
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