第2話 幻影と現実―1

これまでのあらすじ
 今からおよそ三百年前のこと。フランス国王ルイ十四世が、ナントの勅令を廃止して、ユグノー(プロテスタント)に対する信教の自由を禁じてから五年が経っていた。
 1690年12月24日、セヴェンヌの山村でひっそりと暮らしていたガブリエルとその息子アルベールのもとに、死んだ父親オーギュストにそっくりの人物がやってきた。それは亡き人の甥、アルにとって従兄に当る人物であった。
 彼の名はディマンシュ。「日曜日」という意味である。彼は母親に反発し、伯父オーギュストの生き方に憧れて家を出てきたのだが、オーギュストがすでに死んでいたことを知って激しく嘆き悲しむ。
 ガブリエルはそんなディマンシュをかわいそうに思って家族として迎え入れることにした。しかしながら、この青年はガブリエルが思っていたよりも複雑でしたたかなところのある人物であった。彼女は後悔したが、息子のアルは頼もしい兄ができたことを素直に喜んだ。


 いくら顔立ちが似ているからといって、十九歳の青年と五十三歳で死んだ人物とを見間違えるなどということがありえるのだろうか。

 オーギュスト・ブライユとガブリエルの結婚生活は、彼の死によって、十年余りで終わった。
 ガブリエルがオーギュストと出会ったとき、彼はすでに四十を越していたが、年齢よりはずいぶん若く見えた。彼の口ひげはまばらな無精ひげで、まるでまだひげが生えたばかりの青年のような印象を与えるのだった。ほおひげやあごひげは、さらに薄くて目立たなかった。
 こうした生得的な特徴に加えて、彼の心のうちにあって消えることのない信念が、彼の顔に若々しい活力を与え続けていた。
 ガブリエルはそんなオーギュストに一目惚れをし、そのころの顔立ちが彼女の心の中に焼き付いていた。十年の歳月と様々な苦労を経て、実際のオーギュストは年相応に老けつつあった。オーギュストがもう少し長生きをして、見るからに老人らしい外見にでもなれば、ガブリエルも認識を改めたことであろう。
 しかし、現実の彼はもはや存在しなかった。ガブリエルの記憶の中のオーギュストはいつまでも若々しかった。

 一方、ディマンシュについていえば、彼の慎重な性格と態度が、彼の雰囲気を年齢よりも大人びたものにしていた。彼のほとんど唯一の子供じみた行いといえば、自分のひげの形を憧れの人物に似せようと努力してきたことであった。元々顔立ちも背格好も似ていた二人は、こうして瞬時には見分けが付かないまでになった。
 だから、十九歳のディマンシュがセヴェンヌを訪れた時、ガブリエルがオーギュストと見間違えたのは無理もないことであった。

 しかし、よく観察すれば、両者の間にはいくつかの違いがあった。一番決定的な違いは、オーギュストには頬にかすかな傷跡があり、ディマンシュにはそれがないという点であった。(オーギュストの頬の傷がどうしてついたのかという事情については、いずれ何らかの形で読者の皆様にお示しする予定である。)
 髪の色は全く同じであったが、髪型は若干違っていた。前髪を手入れもせず無造作に垂らしているところは同じでも、ディマンシュは髪の後ろを短くしていた。オーギュストの方は、服装にはまるで無頓着なくせに、髪型に関しては妙なこだわりがあり、長く伸ばして後ろで一つに束ねることに決めていた。そして、誰にも、愛する妻ガブリエルにでさえも、決して切らせなかったのである。

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