地動説列伝(2)アリスタルコス

 フィラロスからおよそ150年後、ギリシャにアリスタルコス(紀元前310 - 紀元前230)という天文学者が登場します。
 アリスタルコスは、宇宙の中心は太陽であり、地球はその周囲を公転しているという仮説を打ち出しました。

 アリスタルコスは、実際に天文観測をおこない、そこからこの仮説を導き出しました。 恒星はそれぞれの位置関係を変えません。オリオンの三つ星が二つ星になったり、四つ星になったりすることはありせん。はくちょう座が羽を閉じたり、さそり座の心臓がどこかに行ってしまうこともありません。
 ところが、惑星はその位置をよく変えます。火星が、ある時はさそり座のアンタレスと並んでいたと思うと、また別の日にはお隣の射手座の中にいる、西から東に進んだかと思うと西へと逆戻りし、それからまた西に行く、そんな不思議な動きをします。
 この惑星の不思議な動きを説明するには、地球の周りを太陽や惑星たちが回っていると考えるよりも、太陽の周りを地球や惑星たちが回っていると考えた方がずっと簡単に説明できます。

 アリスタルコスは観測と数学を駆使して、月の大きさや地球から太陽までの距離を算出しました。画像
 月食の観測から、地球の直径は月の直径の約3倍と見積もりました。
 現在の観測では地球の直径は12,742kmで、月の直径3,474kmですから、約3.7倍。かなりの精度です。

 一方、太陽までの距離は月までの距離の20倍と見積もりました。月と太陽の見かけの大きさがほぼ等しいので、ここから太陽の直径は月の直径の20倍であると考えました。
 実際の太陽までの距離は約390倍で、太陽の直径は月の約400倍です。考え方と計算方法は正しかったのですが、当時の観測機器の精度が不十分であったために、こんな数値になってしまいました。
 ただ、現在でも遠くの星の大きさなどは一桁ぐらいの誤差ならOKということになっています。アリスタルコスが出した数値も、太陽は地球より遙かに大きいということは示しています。

 しかし、アリスタルコスの説は当時のギリシャに全く受け入れられませんでした。
 太陽の周りを地球が回っているとすれば、恒星はその見かけの位置を変えるはずです。列車で旅をしていると、遠くにある山でも、前方に見えていたのがいつの間にか後方に見えるようになります。それと同じで、地球が太陽の周りを一年で一周するなら、半年で最も遠い位置に到達します。そうすると、恒星の見かけの位置は変わってくるはずだと。
 ところが、肉眼での観測では、この見かけの位置の変化(「視差」といいます)は観測されませんでした。(実はごく精密な望遠鏡を使えば、近い恒星に関しては視差が観測できます。それに成功したのは19世紀になってからです。最も近い恒星でも0.76秒(秒=度の3600分の1)しかないのですから、肉眼はもちろん、コペルニクスやガリレオの時代の望遠鏡でもまったく不可能でした。)
 アリスタルコスは、恒星があまりにも遠くにあるからだと説明しました。しかし、ギリシャ市民はそれに納得しませんでした。そもそも地球が動いていないからだと考えた方が簡単だからです。
 同時代の哲学者の中には、宇宙の中心(地球)が動くなどと想像したアリスタルコスを神に対する不敬の罪で告発すべきであると主張した者もいました。
 こうしてアリスタルコスの説は忘れ去られていき、コペルニクスがそれを復活させたのは1800年後のことでした。

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