ち 血と鉄で強い国家を作るのだ

ち 血と鉄で強い国家を作るのだ
(1862年ビスマルクの鉄血演説)

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 1848年の革命は全ヨーロッパに大きな影響を与えましたが、まもなく旧勢力側の反撃が始まります。
 特にドイツでは君主主義側の力が強く、それに比べて革命側は分裂し、力を弱めていきました。

 この頃のドイツは小国分裂状態で、ドイツの統一をどんな形でおこなうのかが大きな問題となっていました。その中ではプロイセンが最も力を持っていました。
 1862年にプロイセンの首相に任命されたビスマルクは富国強兵政策を実施し、プロイセン主導のもとでのドイツ統一に乗り出しました。
 この時ビスマルクは演説の中で「現在の問題は演説や多数決によってではなく、鉄と血によってのみ解決される」と述べました。ビスマルクが別名「鉄血宰相」と呼ばれるのは、この時の演説からでした。

 1878年にビスマルクは社会主義者鎮圧法を出し、ドイツ社会民主党の活動を取り締まりました。その一方で、1880年代には社会主義者が求めていた社会保障制度を実施していきます。労災、健康保険や障害年金、老齢年金制度など、現在の日本を含め世界で広くおこなわれている社会保障制度はこのプロイセンで始まりました。これは貧しい労働者が社会主義者にならないようにするためのものでしたが、貧困問題は解決せず、社会民主党の勢いはむしろ拡大していきました。

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