第52話 不幸は単独でやって来ない-1

(これまでのあらすじ)
 一六八五年、フランスの絶対君主ルイ十四世は、信教の自由を定めたナントの勅令を廃止し、カトリック以外の宗教を禁じた。一七〇二年、南フランスのセヴェンヌで迫害に耐えかねたユグノーが反乱を起こし、「カミザール」として組織された。宮廷は一七〇四年になってもそれを鎮圧できないでいた。カミザールは国王軍の最強部隊である海兵隊をも打ち負かしたが、その後ナージュの丘で大敗北を喫する。
 カミザールの一員として戦闘に参加していたディマンシュは、竜騎兵に追われて地割れの底に落ちてしまった。

 地の底で老馬はその眼を虚空に向けまま冷たくなっていた。墜落した衝撃はすべてこの老いさらばえた身体が吸収し、さらに上から雨あられと降ってきた弾丸を一身に受けたのだった。
 ディマンシュは上からは死角となる岩のくぼみに身を潜め、この容赦ない攻撃をやり過ごした。銃撃が止んだのを見計らって彼はその場を離れた。死んだ馬に対する感慨はなかった。馬だけではない。今の彼にはおよそ何に対する感情もなかった。実のところ彼の眠気は限界に達していた。彼の意識はただひたすら安全な寝場所を探すことだけに集中しており、それ以外のことは何も考えていなかった。
 カミザールの誰かがおこした略奪事件によって、ディマンシュもまた体力と精神力を消耗させていた。被害を受けた住民の所に謝罪に行き、二度とこうした振る舞いが生じないようにあれこれと方策を呈示し、そして苛立っているジャンの様子にも気を配り続けた。ナージュの丘でジャンにしばしの休息を与え、自分は寝ずの番をした判断はその場では最善であった。彼が寝入ってしまえば、状況の急転にとても対処できなかったであろう。しかし、そのつけは今になって彼の肉体と精神を容赦なく苛んだ。それでも彼は地の底をしばらく歩き続けた挙げ句、足場のしっかりした所を見つけてなんとかはい上がった。
 夜明けが近づいていた。日の光は敗残者にとっては厳しいものとなろう。夜が明ける前に隠れるところを発見しなければならなかった。しかし、今どこをどうさまよっているのか、彼にはまったくわからなかった。
 そんな彼の目の前にひとつのみすぼらしい小屋が目に入った。彼は吸い寄せられるようにその小屋の方に歩いていった。扉には鍵がかかっていなかった。もう選択肢はなかった。彼は扉を開け中に入った。
 中には誰もいなかった。彼の極限まで張り詰めていた気はここで緩んだ。彼は壁に背中を預けるとそのままその場に崩れ落ちた。

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