年末の読書案内 スタンダール『赤と黒』その2――映画『赤と黒』(デジタルリマスター版)

 読書案内と言いながら、今回は映画案内です。
映画『赤と黒』公式サイト

画像 スタンダールの『赤と黒』はこれまでたった1回しか映画化されていません。それが1954年に作られたジェラール・フィリップ主演のこの映画です。
 今年はジェラール・フィリップ没後50年ということで、『赤と黒』が当時の色彩を蘇らせたデジタルリマスター版となって、12月に東京と大阪の劇場で上映されました。来春には名古屋などでも上映される予定です。

 それにしても、彼と共演した女優のダニエル・ダリュー(1917年生まれ)が現役で活躍しているというのに、没後50年とは! ジェラール・フィリップはわずか36歳で肝臓癌で亡くなったのでした。

 文学作品が原作の映画は、私としてはこれまであまり満足したことがありませんでした。どんな大作映画であっても小説の全ての場面が映像化されることはありません。したがって、気に入っている場面が描かれていなかったり、展開が早すぎたりするなどして、どうしてもそこに不満を抱いてしまうのです。

 この映画『赤と黒』もまたたしかにストーリーの面からすれば、原作の全てを映像化しているわけでもなく、エピソードの順序を入れ替えたりするなど、“原作に忠実”というわけではありませんでした。しかし、このジェラール・フィリップが演じるジュリアン・ソレルはそうしたことを忘れさせてしまうほど、まさにジュリアンそのものでした。容貌や体格からすると「男装した少女」に見まがうというわけにはいきませんでしたが(彼がジュリアンを演じたのは三十歳を過ぎていました)、何より彼の表情が実にすばらしくジュリアンを表現していました。
 ジュリアンはナポレオンを崇拝しておりながらそのことが世間に知られないように用心し、出世のために敬虔な僧侶志望の若者の振りをしています。また本当は繊細な感情の持ち主なのにそれを気取られるのが嫌で重々しく振る舞っています。
 彼の周囲の人物の多くは彼の外面に騙されていますが、注意深い人々は彼の本質を見抜いています。
 映画では彼のそんな内面が、実によく表情に表れていました。レナール家で家庭教師として威厳たっぷりに振る舞いながらも、時々泣きそうになるほど不安な顔をのぞかせます。レナール夫人に対して女に手慣れたドン・ファンであるかのように振る舞おうとしながらも内心はびくびくしていて、勇気を奮い起こすために鐘の音をきっかけにやっと彼女の手をつかめます。司教のミサに立ち会いながら『司教になれば国王をもひれ伏させることができる』などと野心に満ちた思いを巡らせて目を輝かせているのも、彼の横に立っている無表情な男と実に対照的でした。レナール夫人の計らいで街の有力者といえどもなかなか選ばれない警護隊員に選ばれて派手な軍服を着た時は、実に無邪気にはしゃいでいます。
 小説の読者はもちろんジュリアンがそんな人間であることはわかっています。しかし、もしも彼の外面だけが映像化された場合、小説を読んだ場合とずいぶん違う印象になるでしょう。彼の内面をも演じきった彼の演技によって、映画の観客は小説の読者と同じような感覚で彼を捉えることができたと思います。

 細かいところを言えば不満がないではありません。レナール夫人は最初に登場した時からすでにジュリアンに恋しているように見えます。たしかに彼女は一目会った時からジュリアンに恋してしまっているのですが、彼女はそれまで恋心というものを夫にすら感じていないので、自分の気持ちが恋であるとは自覚していません。最初の場面ではそうした無邪気さがもっとほしいように思いました。
 むしろもう一人のヒロインであるマチルドの方がそのツンデレぶりがよく演じられていました。彼女については、激しくもロマンチックな彼女にふさわしい恋の報酬を受け取ることになっているのですが、彼女のジュリアンとの最後の関わりがこの映画では描かれなかったのも少々残念でした。

 この「デジタルリマスター版」は色彩を修復したというだけでなく、これまでに公開されたことのない場面が入っているという点も見逃せない点です。
 監督は元々2部構成の240分の映画を構想していたのですが、映画会社の反対に会って210分となり、さらに1954年の初公開時は144分に減らされてしまいました。その後DVD化された時には182分に増えましたが、今回の上映ではさらに10分ほど増えて192分になりました。それは主に、レナール夫人の末っ子が病気になり、罪の報いであると彼女が取り乱す場面です。非常に重要な場面ですが、これが今まで未公開であったというのは驚きです。もしかすると、残りの18分には、私がぜひ描いてほしいと思った場面が入っているのかもしれません。

 この映画の最後の場面――何の飾りもない白いシャツと黒いズボンを身につけ、後ろ手に縛られながら静かに刑場に向かう崇高なまでに美しいジュリアン。小説では、その日の天候と彼の心の内だけが簡潔に描写されています。しかし、きっとこのような表情、このような態度で彼は処刑台に赴いたに違いないと思わずにはいられませんでした。

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