年末の読書案内 スタンダール『赤と黒』その1

画像 私が『赤と黒』を初めて読んだ時は、「これぐらいの有名な小説は読んでおかなければならない」といった、いわば義務感で読んでいたので、ジュリアン・ソレルが女を利用するだけの傲慢な男にしか見えず、どうしても感情移入できませんでした。しかもナポレオンを崇拝している? 皇帝となって革命を裏切ったあのナポレオンを? ベートーヴェンが向かっ腹を立てたあのナポレオンを? 当時の私はそんなふうに考えていました。

 しかし、それから○十年たって、ふと『赤と黒』の存在が目に入った時、なんとなく読んでみようかという気になったのです。どうやら本を読む時は義務感からではなく、この「ふと」とか「なんとなく」とかいう気持ちが大切なようです。この時、以前に読んだ時とまるで違ったジュリアンが見えてきました。ジュリアンに感情移入をしたわけではありません。私が感情移入をした対象はレナール夫人でした。そして彼女の目でジュリアンを見てしまったのです。

 ジュリアンは製材職人の息子でひ弱な体つきをしており、いつも父親や兄から殴られていました。彼は父親に愛されなかった代わりに昔ナポレオンの部下であった軍医にかわいがられ、彼からナポレオン時代の思い出を聞かされ、そして本を読むことを教えてもらっていました。身分制が再び堅固になった王政復古の時代に生まれ育った貧しい若者にとっては、ナポレオンは自由な生き方の象徴だったのです。
 ジュリアンは貧しい平民には閉ざされた社会の現実を知ると、偽善的に生きようと決意します。つまり、僧侶になることこそ出世の道だと考えるようになります。そして自分に目をかけてくれている司祭シェラン師の信用を得るため、信じてもいない聖書を丸暗記することに務めます。(しかしながら、シェラン師はジュリアンが出世のために僧侶になろうとしているのだと見破っています。)彼が学識のある人間だという噂が立ち、町の有力者レナール氏は自分の子どもたちの家庭教師として彼を雇おうとします。
 レナール夫人はむさ苦しい人物がやってきて子どもたちを鞭で打ったりしないかを心配していました。しかし彼女の心配はまったく杞憂でした。彼女が初めて出会ったジュリアンは、まるで男装した少女のように見えたほど優しげで、しかも涙を浮かべ、緊張のあまり呼び鈴を押すこともできなかったのです。ジュリアンはそんな姿の自分を見られてしまったことを恥ずかしく思い、それからは黒いフロックコートを着て家庭教師らしくいかにも重々しく振る舞います。しかし、実はレナール夫人が一番愛らしく思っているのは「ほかでもない、顔中真っ赤になって門の前にたたずみ、呼び鈴も押せないでいたあの若い職人姿」(第十三章)だったのです。

 ジュリアンのこの気の弱さ、繊細さと、立身出世のためならなんでも利用してやろうという野心とはどう結びつくのでしょうか。ジュリアンは何を求めて出世しようとしているのでしょうか。地位、名誉、金銭…、もちろんそれもあります。しかし、ジュリアンが心底求めてやまないものは、対等な扱いだったのではないでしょうか。彼は自分の身分が低いことや金がないことで、侮られたり哀れみを受けたりすることをひどく嫌います。自分が見下げられたと感じた時には、相手がレナール夫人であっても、怒りを隠すことができません。
「何か子どもの教育に関することなら『命令ですよ』と言ってもいいだろうが、俺の求愛に応ずる以上、対等が前提のはずだ。対等でなければ、恋は成立しない」(第十四章)

 彼が単純に地位や金銭を求めて出世しようとしているのではないことは、町のもう一人の有力者ヴァルノ氏の家での宴会に出席した場面からもわかります。ヴァルノ氏は貧民収容所の所長で、彼の家の隣がその収容所なのですが、そこから収容者が歌うのが聞こえます。しばらくするとその歌が聞こえなくなりました。それはヴァルノ氏が歌うのをやめさせたからなのです。それを知ったジュリアンは「あれほどたび重ねて偽善の修行を積んでおいたにもかかわらず、大粒の涙が頬をつたうのを感じた」のです。(第二十二章)
 ヴァルノ氏と客たちが王党賛美の歌を歌うのを聞きながらジュリアンは自分自身に向かってこうつぶやきます。「これが、いずれお前のたどり着く汚らわしい栄達の姿なのだ! こんなふうにして、こんな仲間にとりかこまれてこそ、はじめてお前はその栄達を手に入れられるのだ! たぶん二万フランくらいの収入のある地位には就けるかもしれない。が、お前がたらふく肉を食っているその間、お前はあわれな囚人が歌を歌うのをやめさせなければならないんだぞ。お前は囚人のわずかばかりの食い扶持を横領した金で、客にご馳走をふるまうだろう。そして、そのご馳走の最中、囚人の方はますます惨めな思いをするばかりだ!」
 彼の感じやすい魂が真に求めるものは立身出世では得られないということを十分承知しながら、王政復古期の閉塞した社会では出世する以外に対等な人間としての扱いを受けることもないという考えを捨て去ることもできません。彼にはそれ以外の選択肢がなかったのです。

 ジュリアンはまたこの当時の若者として「男らしく」ふるまうことが女性にモテるのだという偏見から免れていません。初めてレナール夫人の部屋に忍び込んでしまった夜、彼は「女を征服するのに馴れきった男という役割を演じよう」とします。しかし、レナール夫人がどうしても抗えない魅力を感じたのは、ジュリアンのとってつけたような演技ではなく、策略も何もなく「こんなすばらしい女の心を得られなかったらこれ以上の不幸はない」と思って、彼女の足もとにひざまずいて泣き出すそんな姿でした。
 スタンダールは「信じられないくらい気を使ってわざわざ自分のいいところをぶちこわし」にするジュリアンの態度を「すばらしい色艶をしている十六歳の少女が、舞踏会へ行くからといって愚かにも紅をつけるようなものだ」と評しています。(第十五章)
 社会を批判しながらもこの社会の偏見から抜け出ることができずに自縄自縛に陥っているジュリアンの姿をスタンダールの筆は容赦なく描き出します。

 長い小説ではありますが、この年末年始、ぜひこの小説を読んでみてはいかがでしょう。
 この小説に関しては読み飛ばさずにはじめからじっくりと読むことをお勧めします。主人公のジュリアンが登場するのは第一部の第四章からで、最初の三章で登場するのは、純真なレナール夫人以外は、町長のレナール氏や収容所の所長ヴァルノ氏、八十を越えた老司祭シェラン師、レナール氏からうまく大金を手に入れたことのある材木職人のソレル(ジュリアンの父親)といったくせのある男たちばかりです。冒頭で展開されるヴェリエールの町の様子やこれらの人々についてのスタンダールの辛辣な人間描写は非常に興味深く、決して退屈ではありません。こうした描写があってこそ、ジュリアンが何に対して反抗し、何を求めているのかがよくわかることでしょう。

(引用は筑摩書房「世界文学全集15 スタンダール」所載の富永明夫訳『赤と黒』より)
赤と黒 (1977年) (Chikuma classics)
筑摩書房
スタンダール

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