夏の読書案内 トルストイ『戦争と平和』

 暑い暑い夏です。こんな時こそ、大作に取り組み、おおいに想像力を研ぎ澄ましましょう。とは言ってもトルストイの『戦争と平和』…、多くの人がこの小説に挑んでは導入部で挫折してきたのではないかと思われます。
 しかし、この小説の面白さをぜひ多くの人に味わってもらいたい! そんな思いから、ひとつ私流の読み方を提案したいと思います。
 そんな邪道きわまる読み方をしなくても大丈夫、自分の力で最後まで読み切ってみせるという人はここから先は読まないで下さいね。

 さて、私のお薦めは、第1部の1から21まではさっくり飛ばして、22のボルコンスキイ公爵が「禿げ山」という名の自分の領地で娘のマリアに数学を教えながら息子夫婦の到着を待っているところから読むことです。
 そんなに飛ばしてしまってストーリーがわかるのか? と思う方が多いでしょうが大丈夫です。それまでの主要な事件については、マリアの女友達からの手紙の中でちゃんとまとめられているからです。
 もうすぐナポレオンを相手にした戦争が始まり、ロシアの青年たちが戦場に赴くこと。資産家のベズーホフ伯爵が死に、その遺産がピエールという青年のものになったこと。そして、マリアに結婚話が持ち上がっていること。この三点がしっかりと押さえられており、それでほぼ十分です。

 登場人物についてはもう少し紹介しておいた方がいいかもしれません。
 小説の冒頭に登場する皇太后の女官アンナははっきり言って、うわさ話が好きなだけのどうでもいい人物です。彼女が主催する夜会は、読者にとってはひたすら退屈なだけですが、とにかく人がたくさん集まってきますので、いわば人物紹介の場を提供しているだけだと考えるのがいいでしょう。
 その次に登場するワシーリー・クラーギン公爵もとりたてて知るべき値打ちのある人物ではありません。自分のろくでなしの息子アナトーリをボルコンスキイ家の娘マリアと結婚させようとしているとか(彼がボルコンスキイ家を評価するのはただ単に資産があるからというだけなのです)、親戚のベズーホフ家の遺産をねらっているとか、それだけです。 (たいていの人はこのアンナとワシーリーがうだうだと話し合っている場面でもう嫌気がさしてしまうことでしょう。)
 ワシーリーの娘エレンは美人ですが、心の中は父親や兄にそっくりだと言えばそれ以上の解説はいりませんね。
 夜会に集まったその他の連中はさらにどうでもよろしい。
 
 ボルコンスキイ家の若妻リーザについては、彼女がとてもかわいらしい女性であること、妊娠していること、そして彼女は夫をとても愛しているのに夫が冷淡なことに心を痛めていることをご記憶下さい。

 ベズーホフ伯爵の庶子ピエールが社交界に初めて顔を出すのがこの夜会です。彼は社交界の礼儀を知らず、誰彼かまわずナポレオンを擁護する持論を展開します。それで、今で言うところの“空気が読めない”若者として、周囲の貴族たちから白い目で見られます。
 しかし、このピエールが、瀕死の状態にあるベズーホフ伯爵の莫大な遺産を手にするかもしれないというので、彼に近寄ってくる者たちもいます。

 さて、リーザの夫、ボルコンスキイ家の若公爵アンドレイもこの夜会にやってきます。彼は「端正すぎて冷たいような顔立ち」の美男子なのですが、ひどく疲れて退屈そうな様子をしており、生き生きと夜会を楽しんでいる彼の妻とは全くの対照をなしています。
「彼はこの客間に集まっているすべての人を知っていたばかりか、すっかりあきあきして彼らを見るのも、彼らの話を聞くのも退屈しきっているらしかった。これらのうっとおしい顔の中でも、美しい妻の顔が、彼にはもっとも鼻についているようであった。」
 とまあ、こんな調子です。リーザは別に悪女ではありません。むしろ善良な女性と言っていいでしょう。ただアンドレイにとってはどうしようもなく退屈な存在になってしまっていたのです。

 このアンドレイとピエールは昔からの親友です。アンドレイが客間に入った時からピエールは彼に気がついていました。そして、後ろから近づいて彼の手を取ります。アンドレイは振り返りもせずしかめっ面をしましたが、それがピエールだと気づくと「思いがけぬ善良そうな快い微笑を口もとにほころばせ」ます。アンドレイが初めて笑顔を見せるこの短い場面には、二人がどれほど強い友情で結ばれているかがよく示されています。
 1~21までは飛ばして読めばいいと書きましたが、夜会が終わった後の二人の会話(5の後半~6)はちょっと読んでおく価値があるでしょう。アンドレイの妻リーザも途中で乱入してきます。

 さて、ピエールはアンドレイにアナトーリやその仲間たちのようなやくざ者とはつきあうなと忠告されるのですが、つい誘惑に負けて彼らの所に遊びに行ってしまいます。ここで登場するアナトーリといっしょに住んでいるドーロホフという賭け事好きの男については、第2部の戦場の場面のはじめにも登場し、ちょっとした事件を引き起こします。

 場面は移って、もう一つの社交の場が描き出されます。これも貴族たちがうわさ話を咲かせるだけでたいして面白くはないのですが、これから何度も登場して重要な役割を果たすロストフ家の人々が紹介されています。
 長男のニコライは実直な青年で、士官候補として戦争に行くことになっています。彼はまた従妹のソーニャと愛し合っていますが、彼の母はこの二人がつきあうことに反対しています。

 ニコライの末の妹ナターシャはこの時まだ13才です。将来、数々の男性の運命と深く関わることになるのですが、この時点では兄ニコライの友人のボリスという青年とつきあっています。このボリスは士官として戦場に行くことが決まっていますが、兄のニコライと比べてもたいして面白みのない男で、どうしてナターシャがこんな男とつきあっているのか、どうもよくわかりません。(ボリスにはすでに失恋フラグが立っていると言えましょう。)

 とまあ、人物の方もこれぐらいを頭に入れておけば大丈夫です。

 ロシア文学を読む上で、慣れない人にとってかなりの障壁になるのは、その名前の長さでしょう。ロシア人の名前は名・父称・姓の三つで構成されています。例えば、上に挙げたアンドレイの場合であれば、アンドレイ・ニコラエヴィチ・ボルコンスキイというのが正式な名です。ニコラエヴィチという父称から、父親の名がニコライであることがわかります。彼の妹はマリア・ニコラエヴナ・ボルコンスカヤとなります。ロシア人では男女で父称も姓も語尾が変わってきますので、これもわかりにくい点でしょう。
 しかし、『戦争と平和』では、このように長ったらしい名前が使用されることはロシア文学の中では相対的に少なく、「アンドレイ公爵」、「マリア」と簡単に呼ばれています。ピエールの本名はピョートル・キリーロヴィチ・ベズーホフですが、ほとんどは「ピエール」と書かれています。
 親しい人から呼ばれる愛称については、アンドレイなら、例えば「アンドリューシャ」ですが、彼の妻からは「アンドレ」とフランス風に呼ばれています。ロシアの貴族はこのように何かにつけて、おフランス風でした。「ピエール」もフランス的な言い方ですね。ロシア語なら「ペトルーシャ」になります。

 ところで、『戦争と平和』は映画にもなっていますが、非常に面白い場面が映画ではさらりとすまされているのが残念です。
 例えば、22で、妻を置いて戦場へ行く決心をしているアンドレイに妹のマリアが聖像のお守りを渡す場面があります。映画ではたった数秒の場面ですが、小説ではここで二人がはらはらするような心理戦を繰り広げるのです。というのも、マリアは敬虔なキリスト教徒なのですが、アンドレイは父親と同じく無神論者なのです。マリアは兄の考えを知りつつも、戦場に行く兄に何とかしてお守りを受け取ってもらいたいと考えます。合理主義的で冷笑的でありながら妹への愛情にあふれているアンドレイの性格もよく出ています。

 さあ、この夏は『戦争と平和』で、読書ならではの壮大かつ緻密な世界を満喫しましょう。 

戦争と平和〈1〉 (新潮文庫)
新潮社
トルストイ

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この記事へのコメント

沢里尊
2009年07月31日 15:04
558ページ中402ページまで進みました。
第1巻の山頂は近い!
面白い部分は普通に読んで、退屈だと感じるところは描写トレーニングだと思って読む。
この方法でここまで来ましたね。
とにかくトルストイ作品は登山です。文学の最高峰だからエベレストに挑む覚悟で。
読めば文才は間違いなくアップしますね。退屈だからと斜め読みすると読む気力を失うので、確かにワープもアリかと。
でも完走したら確実に文章力上達が約束されていると思えば、意外と平気にクリアできるかも。
言論の獅子レフ・トルストイの多彩な語彙と巧みな心理描写、動作描写、風景描写も学びたい。
途方もない世界の巨人が放つメッセージ。この夏、変わりたい人には最適かもしれない。
2009年08月01日 07:33
沢里さんは今第三部に突入したあたりですね。
描写トレーニング、なるほど、そういうふうに考えると読みこなせそうですね。
私は今回は最初から飛ばさずに読み直していますが、以前退屈だと感じたところも面白く読めています。
新潮文庫版の「<…>」という表記は、ロシア語以外の言語(主にフランス語)を表しています。のっけから長ったらしいフランス語で始まるこの小説はロシア人にも読みにくかったのではないかと思われます。トルストイ自身があとになってそこをロシア語に書き直す修正をおこなったと岩波文庫の注釈に書いてありました。

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