春爛漫の読書案内その4 ゴーリキーとシラノ

画像 ゴーリキーといえばポケモン…、ではなく、ロシア文学者として有名なマクシム・ゴーリキー。
 彼は、『私の大学』という自伝的小説で描いているように、放浪しながら様々な職を体験し、大学に通うことなく世間から多くを学びました。そうした体験を経て、24歳の時(1892年)に短編小説『マカール・チュードラ』を発表します。それ以来、彼は文筆活動を本格的に開始し、チェーホフやトルストイとも親交を結ぶようになりました。そして、19世紀が終わりを告げる日、ペテルブルクのある新聞にはこう書かれるようにまでになりました。
「この世紀はカラムジンによって始められ…マクシム・ゴーリキーによって終わらんとする。」

 このゴーリキーが実はシラノをとても愛好していました。

 1900年1月5日、友人のスレージン医師に宛てた手紙の中で、ゴーリキーはこう書いています。
 十七世紀に、「宇宙詩人」で、けんか好きのシラノ・ド・ベルジュラックがいました(ロスタンの戯曲およびこの時代のフランス文学史を参照されよ)。そしてこのシラノはある時言いました。

 われには虚偽が耐えがたく、かく語るは快し、
 「きょうもまたわれは敵を見出せり」

 読者という敵をもつことはすてきでしょうね。あなたはどうお考えですか? 

 文壇で認められるようになっても、彼が書いた作品が全て好評であるとは限りませんでした。1900年に彼が発表した『再び悪魔について』は、ずいぶん批判されたようです。それでも彼は読者におもねるようなことはしませんでした。
 この作品は「私には気に入ってます――というのは、あれがたくさんの人を怒らせたから。私は無性に人々を怒らせることができるようになりたい」と。そして冒頭に引用した“けんか好きのシラノ”の話に続くのです。

 それに続けて、ゴーリキーはシラノとガスコン人の楽天性を限りなく賞賛しています。
 それにまた、血の中に太陽を持って生まれることはすてきですね。まさにこのシラノは――彼はガスコンの兵でしたが――血の中に多くの太陽をもっていました。

 道を、道を自由なガスコンの子らに!
 われら南の空のせがれたち
 われらはみな真昼の太陽のもと、
 血の中に太陽を持って生まれた者!

 ごらんなさい、なんとこれは美しく、力強いことか!

 ちょうどこのころロスタンの『シラノ』がニジェゴロート劇場で上演されました。ゴーリキーはこれを見てひどく感激したようです。
 彼は新聞にこの演劇について書いた論文を載せ、そこでもこれらの詩句を引用して、「おわかりですか、これはおそろしくいいことですよ。血のなかに太陽をもって生まれるということは!! もしわれわれにペシミスティックな濁りと、いまそこでわれわれが腐っているこの泥沼の毒気とでその血を毒されている人間どもに――もしわれわれの血のなかに、せめてひとしずくなりと太陽を入れることができたなら!!」とその論文を結んでいます。
 さらに同じころのチェーホフへの手紙の中でも、やはりこの詩句を引用して、「この『血の中の太陽』が恐ろしく私の気に入っています。ほら、このように生きなければなりません――シラノのように」とまで述べています。

 ゴーリキーはシラノの生き方にどうしてここまで惚れ込んだのでしょうか。
 19世紀のロシアで燦然と輝き続けたリアリズム文学は、世紀末に至ってある限界に達していました。このリアリズム文学に対してゴーリキーは「この形式は自分の時代を生き尽くした」とまで言ってのけました。ゴーリキーはこれまでにはない新しい文学を描きたいという衝動を強く感じるようになったのです。
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 英雄的なものを必要とする時代がきました。鼓舞させるもの、パッと明るいものをみんなが欲しています。おわかりでしょう。生活に似ないで、それよりも高い、それよりも良い、それよりも美しいものを欲しています。今の文学は少しばかり生活を潤色し始めることが、ぜひとも必要です。そして、文学がそれを始めるが早いか――生活は潤色される、つまり、人々は、もっと迅速に、もっと明るく生き始めるでしょう。
(1900年1月 チェーホフへの手紙より)

 ゴーリキーは長らく陰鬱で閉塞していた社会が変わりはじめていることを感じていました。そして彼は、より良い暮らしを求める人々の気持ちを先取りするような文学を求めるようになりました。この時期の彼の気持ちを最も強く表した作品といえば、叙事詩『海つばめの歌』でしょう。黒雲がいつまでも太陽を隠し続けはしないという確信を持ちながら、海つばめは「嵐よもっと激しくとどろけ!」と呼びかけます。
 帝政ロシアに第一次革命が起こるのは、それから数年後のことでした。

 『シラノ』に表現された批判精神と楽天性に心惹かれたゴーリキーは、誰よりも時代の精神を敏感に感じ取る作家でした。

ゴーリキーの言葉の引用はすべて「ゴーリキイ文芸書簡Ⅰ」松本忠司編(光和堂)から。写真はウィキペディアのМаксим Горькийから

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