春爛漫の読書案内その3 ロスタンの『シラノ・ド・ベルジュラック』

 長らく歴史の舞台から消えていたシラノの作品と生涯を再発掘したのは19世紀前半の諷刺作家シャルル・ノディエでした。
 しかしながら、エドモン・ロスタンが1897年に発表した戯曲『シラノ・ド・ベルジュラック』ほど、シラノの名前と巨大な鼻を有名にした作品はなかったでしょう。現在、最も多くの人に知られているシラノはロスタンの「シラノ」なのです。この作品は世界各地で上演され、何度も映画化されてきました。日本では、1926年(大正15年)に、幕末から明治の日本に舞台を移した『白野弁十郎』が上演され、大当たりを取りました。

 さて、この戯曲のあらすじも紹介しておきましょう。(ネタバレ含みます。)
 シラノは、荒くれ者の集まりガスコン青年隊の中でもひときわ抜きんでた剣豪であり、詩人、科学者、音楽家でもありました。
 ブルゴーニュ座の劇場で、彼は腕自慢の子爵を、歌を作りながら倒してしまいます。(この時にダルタニャンが喝采して握手をしにやってきます。私たちの漫画とは大違いですが…。)そして、友人の詩人リニエールが百人に待ち伏せされていると知ってネール門に駆け付け、彼の窮地を救ってやります。
 その翌日、ネール門のことが詩人たちの間で噂になります。
第一の詩人「ネール門の人だかりで遅れてしまったんだよ!」
第二の詩人「ばっさりやられた血だらけの追い剥ぎが八人、道を真っ赤に染めていたんだ!」
シラノ「八人だって? …ふうん、俺は七人だと思ってたが。」
(ここも、私たちの漫画とはまったく違います。実際には、二人を殺し、七人を傷つけたそうなので、漫画ではそのように描きました。しかも、ネール門での決闘は、実際はアレスの戦場から帰った後で、武人としてのシラノの最後のエピソードとなります。ロスタンはシラノの生涯のエピソードの順番をかなり入れ替えています。)
 さて、傍若無人に振る舞う怖いものなしのシラノにも、実はひとつだけコンプレックスがありました。それは、彼の巨大な鼻でした。彼は従妹の美女ロクサーヌをひそかに愛していたのですが、彼は自分の顔が醜いために恋を語ることは出来ないと思いこんでいました。
 そこへ美男子のクリスチャン・ド・ヌーヴィレットが登場し、彼はロクサーヌに一目惚れしてしまいます。
 一方、ロクサーヌはひそかにシラノを呼び出します。なにやら話をしたいことがあるとかで…。シラノは勇気を出してロクサーヌに思いの丈を書いた手紙を渡そうとします。しかし、相談の内容はといえば、ロクサーヌの方もクリスチャンに一目惚れをしてしまい、彼が入隊するガスコン青年隊で彼が危険な目に遭わないように守ってやってほしいというものでした。内心の動揺を隠して、シラノはロクサーヌに彼を守ると約束します。もちろん手紙は渡せずじまいでした。
 さて、ガスコン青年隊に入隊してきたクリスチャンは怖いもの知らずで、他の隊員が絶対にその話をするなと言われていたにもかかわらず、鼻尽くしでシラノをからかってしまいます。他の隊員たちはシラノの怒りが何時爆発するかとひやひやしていました。しかし、ロクサーヌとの約束を守ってシラノは彼を親友として遇します。そして、ロクサーヌは君からの手紙を待っていると伝えると、クリスチャンは大喜びするどころか困り果ててしまいます。というのは、彼の取り柄は顔だけで、女性を喜ばせるような言葉などとうてい書けないというのです。
 そこでシラノは自分がロクサーヌに出すつもりだった手紙を彼に持たせてやりました。そうして、クリスチャンとロクサーヌは恋人同士になります。バルコニーの下では、口べたのクリスチャンの代わりに彼自身が愛を語ってしまいます。しかし、その報酬たる口づけは、クリスチャンだけが得たのですが、ここでもシラノは自分の気持ちを抑えて耐え抜きます。
 さらに、ロクサーヌが嫌っているギッシュ伯爵と無理矢理結婚させられそうになるのを阻止するために、二人の結婚までお膳立てしてやります。結婚式がなされている最中に、ロクサーヌに会いに来ようとするギッシュ伯爵を足止めするため、シラノは月世界への飛行法をおもしろおかしく語ります。
 二人の結婚式が行われてしまったことを知ったギッシュ伯爵は、ガスコン青年隊の戦場への派遣を命じ、シラノもクリスチャンもこの場からすぐに戦地に赴かなければならなくなってしまいます。悲嘆に暮れるロクサーヌは、クリスチャンが危険なことをしないようになどとシラノに様々な願いを訴えます。シラノは言葉をにごしてどれも約束は出来ないと言います。しかし、彼女が「この方から度々おたよりをくださるように約束して頂戴」と言った時、シラノは「その事なら、誓って請け合いますよ!」ときっぱりと言います。
 アラスの包囲戦において飢えに苦しむガスコン青年隊。なんとそこにロクサーヌがやってきます。彼女が戦場にまでやってきたのは、クリスチャンから毎日手紙が来たことで彼を以前よりいっそう愛しているということを告白しに来たのでした。実はその手紙はシラノがクリスチャンに代わって出していたものだったのです。
 クリスチャンは、彼女が「私、もっと、もっと、あなたを愛しますわ。もし、あなたのお姿の美しさが瞬く中に消えてしまっても…」「醜くっても! 私、誓います!」というのを聞いて動揺します。彼女は自分ではなくシラノを愛しているのだと気がついてしまったのです。
 クリスチャンはそのことを正直にシラノに打ち明けます。「彼女が愛しているのは君だ!」シラノは疑いながらも、クリスチャンに励まされてロクサーヌに本当のことを言おうとします。しかしながら、シラノがためらっている内に、悲劇が訪れます。クリスチャンが戦死してしまったのでした。こうなっては本当のことを言うわけにはいかなくなってしまいました。シラノは歌いながら敵に向かって突撃していきます。
 それから15年の歳月が流れます。シラノは無事戦場から帰り、尼となったロクサーヌのもとに、昔なじみの従兄として、毎週おもしろおかしいニュースを知らせに来る生活を送っていました。
 いつも時計で計ったように時間にぴったり来るシラノがその日ばかりは時間に遅れてしまいます。実はシラノは歯に衣着せぬ詩で誰彼となく攻撃したために大勢の有力者から恨みを買っていました。そして、その日は、とうとう暗殺者の手によって頭に材木を落とされてしまいました。瀕死の重傷を負っているにもかかわらず、シラノは平気なふりをしてロクサーヌにいつものようにその週の愉快な出来事を伝えます。
 その時、ふとロクサーヌが、クリスチャンからの最後の手紙をシラノに見せる気になり、シラノはそれを朗読します。その手紙の読みぶりに、ロクサーヌは、昔バルコニーの場で愛を語ったのがシラノだったということに気がつきます。黄昏から夜の闇が迫る中でもシラノは手紙を朗々と読み上げてしまいます。
「今、どうしてお読みになれますの? この夜の暗さに。」
 こうして真実が明らかになってしまったのですが、シラノの命は風前の灯火です。しかし、彼は最後の力を振り絞って、自分の墓碑銘を歌い上げます。

 哲学者たり、理学者たり、
 詩人、剣客、音楽家、
 はたまた天界の旅行者たり
 打てば響く毒舌の名人、
 さればまた私心なき――恋愛の殉教者!――
 エルキュウル・サヴィニャン・
 ド・シラノ・ド・ベルジュラック此所に眠る
 彼は全てなりき、しかしてまた空なりき

 実際のシラノとはかなり違うところもありますが、これはこれで実に感動的な舞台なので、世界中で愛されています。
 明日は、意外なあの人もシラノを愛好していたという話です。

シラノ・ド・ベルジュラック (岩波文庫)
岩波書店
エドモン・ロスタン

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