冬の読書案内『イラク米軍脱走兵、真実の告白』ジョシュア・キー著

 以前、ベトナム戦争に参戦したアレン・ネルソン氏のことを紹介したことがありますが、今回は、今まさに現在進行形で行われているイラク戦争に参戦した元米軍兵士、ジョシュア・キー氏の手記を紹介します。

 ジョシュア・キー氏は、オクラホマの貧しい家庭に生まれ育ち、継父が母親を殴るのを目の当たりにし、喧嘩や射撃で気晴らしをする生活を送っていました。彼は結婚し、妻と子どもとともに新しい人生を切りひらこうと思いながらも、生活苦にあえいでいました。そんな彼は安定した収入を求めて軍隊に志願することにしました。
 彼は妻と子どもたちのそばを離れたくなかったので、米国内でできる任務を希望しました。リクルーターは事情を聞いた上で、国内で橋を建設し、戦闘義務もない部隊として「第43戦闘工兵中隊」を紹介しました。彼が、「それって戦闘する部隊のように聞こえるんですが」と疑問を呈すると、そのリクルーターは、新しい橋を建設する前に古い橋を爆破する仕事があるからそう呼ばれているにすぎないと説明しました。
 ところが、実際にその部隊に入隊すると、リクルーターが言っていたことはすべて嘘であったことがわかりました。それはまさに戦闘のための部隊でした。しかし、今更引き返す道はありませんでした。
 新兵に対しては、「アメリカ人は地球で唯一の優秀な国民であり、すべてのイスラム教徒とテロリストは死に値する」と教えられ、「砂漠のニガーを殺せ!」と叫びながらイスラム教徒に見立てた人形を突き刺す訓練が行われました。
 彼は訓練の場で教えられたことを全て信じ切っていました。米軍の仕事は世界の秩序を保つことであり、9・11事件はイスラム教徒のせいであり、アフガニスタン人は全員死に値する「テロリスト」であると。

 2003年3月20日、イラクへの攻撃が始まりました。この戦争は1991年の湾岸戦争と同様、短期決戦で終了すると思われていましたが、4月10日、彼の部隊はイラクに派遣されることになりました。
 彼の任務は家宅捜索でした。工兵の技術でドアを爆破するのです。家になだれ込むと、住民が「テロリスト」である証拠を求めて部屋中をめちゃくちゃに探し回りましたが、どこの家にもごく普通の生活に必要な品々しか見つかりません。それでも、若い男を見つけると拘束して、尋問のための施設に連れて行くのです。何の疑問もなくその任務を行っていた彼は、一人の少女の鋭い視線にあいました。
 イラク人は英語がわからないと思いこんでいたのですが、その少女は英語で彼に話しかけてきました。
「わたしの兄弟をどこへ連れて行ったの?」
「分からない」
「どうして連れてったの?」
「残念だが、答えられない」
「いつ帰してもらえるの?」
「それも答えられない」
「どうしてわたしたちをこんな目にあわせるの?」
 彼はとうとう何も言えなくなってしまいました。
 この少女との対話は、彼にイラク人も自分たちと同じ人間であるという意識を呼び覚ますきっかけとなりました。家宅捜査をして子どもたちを追い散らすたびに、自分の子どもたちの寝室に外国の軍隊が乱入してベッドから追い立てたらどう感じるだろうか、と思わずにはおれなくなってしまいました。
 しかしながら、彼はイラクに駐留中はずっと軍の方針に表立って逆らうことはできませんでした。彼はただ子どもに銃を突きつけることだけはしないようになっただけでした。他の兵士は命令通り子どもにたいしてもM249(機関銃)を突きつけていたのですが。

 ところが、彼が子どもに対して優しくふるまったことから彼自身思いも寄らない悲劇を呼び寄せてしまいます。
 彼が病院の前で警備に当たっていたときのことでした。彼は7歳ぐらいの少女に食べ物をせがまれたので、自分の携帯食料をあげてしまいました。すると、その少女は毎日のように彼から食料をもらいに来るようになりました。ちょうど自分の長男と同じぐらいの年頃の少女に、彼は大きな愛着を感じるようになりました。
 ところが、ある日のこと、彼女がいつものように駆け寄ってきた時、銃の発射音が聞こえ、彼女は倒れました。その時聞こえてきたのは、米軍が持つM16が発する独特の音だったのです。その時周囲に米軍以外の武装勢力はいませんでした。彼の仲間がこの少女を殺したのでした。
「彼女の死は今もぼくにつきまとって離れない。ぼくは彼女の死を背負って生きていこうと努力している。」

 彼はこの他にもあまりにも多くの残虐な場面を経験し、ひどい罪悪感に苛まれるようになりました。毎日のように民間人に対して非人間的な行いが繰り返される中、ある日、彼は小さな遺体袋が運ばれていくのを見て涙を流しました。しかし、軍は彼が泣くことすら命令によって禁じたのでした。

 もし、自分たちがイラクの人々に対してやったことの10分の1でも、どこかの外国がアメリカに対してやったとしたら、自分はどうするだろうか、と彼は自問します。
「ただちに抵抗と反撃に立ち上がり、あらゆる知恵を傾けて占領者を吹き飛ばそうとするだろう。ぼくのふるさとオクラホマに穴を掘り、林の中に地雷を仕掛け、通りかかる敵を吹き飛ばそうとするだろう。手に入れられる限りの迫撃砲弾と携行式ロケット弾を撃ち込むだろう。間違いない。もし、誰かが我が家に押し入り、家族をおびえさせたりしたら、ぼくは敵に目にもの見せる戦力になってやる。独自の仕掛け爆弾を開発して、思いもよらない殺傷方法を考えてやる。一度死んでも生き返って、占領者にとことん地獄を味わわせてやる。」
 しかし、現実には、彼自身が占領者として、そのような攻撃にさらされていたのでした。

 彼は軍を辞めたいと考えるようになり、休暇のため帰国した時に軍の弁護士に相談しました。しかし帰ってきた答えは「イラクへ戻るか、牢屋へ行くか」しか選択肢はないというものでした。彼はどちらの道も選ばずに脱走兵となり、妻と3人の子どもとともにカナダへと逃亡しました。

 彼の現在の心境はこういうものです。
「ぼくは、アメリカ軍司令部の上の方の連中が、テロリストを捕まえれば大量破壊兵器を発見できるとまじめに信じ込み、その結果、われわれ兵士たちに、何千人もの市民の家を襲わせることにしたとは思っていない。ただ単に、イラク国民を痛めつけ、脅したいがためにやったのだと思っている。」

「イラク市民にとってわれわれは警察官であり、検察官であり、看守であり、かつ死刑執行人であった。われわれは、民主主義とよい政治体制をイラク国民にもたらすのだと主張していた。しかし、われわれがもたらしたのは憎しみと破壊だった。」

「ぼくはアメリカ軍から脱走したことについて、絶対に謝罪しようとは思わない。ぼくは不正義から脱走したのであり、それは進むべき正しい道だった。謝罪すべきことがあるとすれば、ただひとつ、それはイラクの人びとに対する謝罪しかない。」
イラク米軍脱走兵、真実の告発
合同出版
ジョシュア・キー

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この記事へのコメント

クロ
2008年11月30日 00:40
圧倒的少数とは言え、アメリカにもこのような良心が存在していることに救いを感じます。たくさんの人に読んでほしいですね、特にアメリカ国民のみなさんに。よい本を教えてくださってありがとうございました。
表裏
2008年11月30日 00:56
「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか」という本がありますね。私はそれの漫画版を学校の図書室で見つけ、読みました。読む前は、任務だ、命令だといって人を殺すのはあり得ない事だと思っていました。
衝撃的でした。
すずなさんの文章を読んで、より戦争体験者の心理状態がわかった気がします。
2008年12月01日 01:12
クロさん、ありがとうございます。このような証言を行っているのは彼一人ではなく、今年3月には、イラクとアフガニスタンの帰還兵たちによって「冬の兵士証言集会」というのが米国で行われました。このような声がもっと大きくなり、早く戦争を終わらせてほしいと願うばかりです。
2008年12月01日 01:18
表裏さん、その本が学校の図書館にあるのはいいですね。たしか少年マガジンに掲載されていたものだったと思います。
人間は戦争中であっても、そう簡単に人を殺すことはできないものなのです。第二次世界大戦までは、実際に敵に対して発砲できた兵士は15~20%であったという調査があります。この率を上げるために、動くものを見ると条件反射的に撃つ訓練をさせられたり、軍の命令は絶対である――神の命令よりも――というような「教育」が行なわれてきました。
しかし、人間性に反した殺人を強制させられることで兵士たちは多くの代償を払わなければならなくなってしまいました。ベトナム帰還兵の多くがPTSDに苦しみ、そして現在の戦争もまたそのような人々を生み出し続けているのです。
沢里尊
2008年12月01日 20:28
衝撃です。
戦争に勝者なし。アメリカは変わってほしいです。史上初の黒人大統領の誕生。キング博士の「私の夢」が形になったのです。もちろん前途は多難ですが、当時は、黒人はバスの席を白人に譲らなければいけない時代。まさか当時は、黒人大統領なんて想像もできないでしょう。
チェンジ。いい言葉です。アメリカ映画は無数の反戦映画がある。戦争に反対しているアメリカ人は少なくないはずです。
このような本を日米、世界で出版できるのは民主主義ですね。
2008年12月02日 00:25
沢里さん、連続コメントありがとうございます。戦争は、被害者はもちろん加害者をも傷つけずにはおれません。
黒人の公民権運動は、バスの席を一人の黒人女性が座ったまま立とうとしなかったことから始まり、ついにアメリカ全土をゆるがす運動へと広がりました。その当時を思うとまさに隔世の感がありますね。
反戦映画では、ベトナム戦争については『7月4日に生まれて』が私はとても印象的でした。最近は『ストップロス』という映画も米国で上映されましたね。

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