第16話 重荷-1
これまでのあらすじ
1685年、フランスの絶対君主ルイ十四世は、信教の自由を定めたナントの勅令を廃止し、カトリック以外の宗教を禁じた。これまで共存していたユグノー(プロテスタント)とカトリックの人々との間には、深い対立が生じることになった。
ユグノーの青年ディマンシュは、カトリックの少女シャルロットの求愛をきっぱりと断り、学問に励むためにジュネーヴに赴く。
一方、ディマンシュの従弟アルもシャルロットのことが好きであったが、彼女の気持ちがディマンシュにあることを知っており、自分の気持ちを言い出せずにいた。しかし、近所の小さな少女マリエットに勇気付けられて、思いを手紙に書く。ところが、その手紙はシャルロットの兄アドルフに阻まれてついに渡すことができなかった。
一方、ディマンシュに申し出を断られたシャルロットは…。

重荷とは、文字通り重い荷物のことであった。ガブリエルが畑で取れた野菜をかごいっぱい持たせてくれたのである。シャルロットはその野菜を屋敷の料理人の所に持ってゆき、何も言わずに渡した。シャルロットの目には涙があふれており、いまにもこぼれ落ちそうであった。
料理人はなぜお嬢様がこんなものを持ってくるのかと不審に思ったが、シャルロットの様子があまりにも深刻そうだったので、何も聞かずに引き取った。涙と野菜との関係については料理人がいくら考えてもわからなかったが、彼はとにかく雑念にとらわれることなく自分の使命を果たした。
その日の食事には、食通の父親も満足げな様子であった。
「今日の野菜煮込みはいつになく絶品だ。どうも素材が今までと違うようだ。これからも今日と同じところで入手するよう料理人に言っておこう。」
「あ、あの…、流しの担ぎ屋からたまたま買ったものだって言ってたわ。だから今度いつ手に入るかどうかはわからないって。」
「そうか残念だな。ん? シャルロット、おまえがなぜそれを知っている。」
「わたしだって、料理人とお話ぐらいしますわ。」
「そうか。珍しいな。しかし、おまえはそういうことに関心を持つ必要はないのだよ。料理のことは料理人を信頼して任せておくのがいい。それよりも、今度バヴィル知事のところで舞踏会が開かれる。おまえもそろそろそういった場所に出るべき年ごろだ。踊りの練習はしているかね。ポルカの一つも踊れないようでは恥ずかしいぞ。」
父親の言葉をぼんやりと聞いていたシャルロットの眼から涙が流れてきた。
「シャルロット、何を泣く。わしは別に怒ってはおらんぞ。」
父親があわてて言ったのに対して、シャルロットは涙を拭きながら答えた。
「お父様、今日のお食事があまりにおいしくて、それで…。」
「そ、そうか…?」
父親は心の中で思った。
『女の子というのは難しいものだ…。』
この記事へのコメント
別にキレてないですよ。ガブに「なぜ私のときはキレない?」と怒られますから。
どこの家庭でも子育ては難しいものです。
生きるためにはまず食べなければなりません。失恋してもおなかはすきます。とにかく食べて生き続けようというのが、ガブのメッセージです。
題名の「重荷」のひとつめの意味が、文字通り、かごいっぱいの野菜の重い荷物というわけですが、もちろんこれだけではありません。