第9話 口づけの記憶―1

これまでのあらすじ
 カトリックの貴族の娘シャルロットは、ユグノーの青年、ディマンシュに恋をしてしまう。彼女は、自分の恋を貫くことは父親の信頼を裏切ることになると悩む。しかし、ある時、エガリエ男爵という人物が彼女の父親を訪ねて来た。そしてシャルロットは、男爵がユグノーであること、そして自分の祖父がこの男爵と親友であったことを、執事たちの立ち話から知る。彼女は父親がユグノーと秘密の交際をしているのなら、自分も同じことをしてもかまわないだろうと考えるに至る。
 彼女は再びディマンシュの家を訪れるが、彼とその従弟アルはあいにく定期市に出かけていて留守であった。そのかわり彼の伯母ガブリエルと意気投合する。
 帰宅して彼女の来訪を知ったディマンシュは、彼女に恋をしているアルが彼女に気に入られるよう後押しをすることを表明する。


 この日、ガブリエルの家の前を通る者があれば、誰もが、鼻腔から脳髄にしみわたり、口腔を唾液で満たし、胃の腑を踊らせる香ばしい匂いに気づいたことであろう。ひっきりなしに聞こえる若い娘の嬌声がその場をいっそう華やいだ雰囲気にしていた。
 お客に来ているのは、リュックの二番目の孫娘をはじめとする村の娘たちであった。彼女らは、女性祈祷会についての連絡をするためにガブリエルのもとを訪れていた。これは村人たちが禁令の後もひそかに続けている信仰の習わしのひとつであった。秘密を守るために、場所はしばしば変更されることになっていた。
 役目を終えた娘たちは、すぐに退出しようとしたが、ちょうどその時ディマンシュの作る菓子が焼き上がった。ガブリエルの勧めに従って、娘たちは思いがけないご馳走にありつくことになった。作り手自らが給仕まで行ってくれたので、彼女らはすこぶる満足であった。
「こんなおいしいお菓子を作ってくれて、あたしたちにまでご馳走してくれるなんて。ガブ姉さん、いい甥がいてよかったわねえ。」
「うらやましいわ。あたしの父ちゃんなんか、男は台所に入るもんじゃねえ! なんて言うばかりで、何もしてくれたことないわ。」
「うちもそう。そのくせ、食事がまずいだの何だのって、文句ばかり言うんだから。」
 菓子に使われた油脂が娘たちの舌の動きをよりなめらかにしたかのように、彼女らのおしゃべりは際限がなかった。

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この記事へのコメント

2006年07月01日 20:47
女性は料理をしなければならないなどという差別が、特に日本ではまだまだ根強いように思います。「男らしく女らしく」などという差別がいまだに平気でまかり通るこの国の後進性を憂います。日本が先進国だなんて、ちゃんちゃらおかしいのです。すみません、燃えてしまってすみません。さて「口づけの記憶」の示唆するものは、幸福でしょうか、不幸でしょうか。またまた楽しみです。あっ、すずなさんは小説を紙媒体で配っていたことがあるとコメントされてましたね。私もゲームについての小冊子を作って、行きつけのゲーム店で配布してもらっていた事があるのです。
2006年07月02日 09:31
学校教育でも、中学校では、女子は家庭科、男子は技術、そして高校ではなぜか女子のみ家庭科必修(その時間男子は体育)という時代が戦後も長らく続いていました。しかし、これは男子にとっても不幸なことではないのかと、つくづく思います。
私が作ったものは自宅のパソコンのプリンタで印刷し、穴を開けて紐でとじるという家内制手工業によるものでしたから、超限定品です。多くの人に見てもらうには、やはりインターネットは便利ですね。
アッキー
2006年07月07日 17:44
自分の性別を理由にして家事から逃げるやつってむかつきますよね。私が現在構想を練っている小説の中にもそういうやつが何人も出てきて我ながらむかついています。
料理をする男性といえば私は「クッキングパパ」を思い出します。確かまだ連載が続いているんでしたよね。
2006年07月08日 09:12
アッキーさんも小説を書いておられるのですか。構想を練っている最中なら、いつか何かの形で発表されるのでしょうか。(もしかしてこのブログで?)
自分自身が生み出した登場人物にむかつくというのは面白いですね。私も何人かむかつく人物を創造してしまいました。
『クッキングパパ』は、まさに私の兄そのものです。成長期になってお腹がすいてたまらなかった兄は、小学校高学年の頃から自主的に料理をはじめ、今では私たちきょうだいの中で料理の腕前は一番です。料理とはまったく関係ない仕事をもちながら家庭料理に勤しんでいる点も、漫画の主人公どおりです。

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