第8話 訪問者―1

これまでのあらすじ
 カトリックの貴族の娘シャルロットは、教会の書庫にやってきた修道士に恋をする。家のお茶会に招待すると、彼は父親とは意気投合するが、兄アドルフとは大論争をしてしまう。兄は修道士をユグノーではないかと決め付けるが、シャルロットは信じない。しかし、彼女自身、彼が修道士に変装したユグノーであったことを知ってしまう。青年は自分の正体を知られるや、彼女に永遠の別れを告げる。しかし、諦めきれないシャルロットは、今度は自分が村娘に変装して彼の家にまで会いに行く。彼女は青年の伯母ガブリエルに歓迎されるが、青年ディマンシュは彼女に対して拒絶的に振舞う。一方、彼の従弟アルはシャルロットに恋をしており、自分の彼女への気持ちと彼女のディマンシュに対する気持ちとの間で揺れ動いている。

 シャルロットは、また屋敷からこっそり出ていく機会をうかがっていた。アドルフが軍務につき、家からいなくなったことで、そうした機会を得ることはたやすいことのように思われた。しかし、事態は逆であった。アドルフがいなくなって初めてシャルロットは兄がこの家でいかなる役割を果たしていたのかを実感することができた。彼は父親の情熱の対象だったのである。ルール氏のような人物が手持ちぶさたであることは、兄のうるさい監視の目以上にシャルロットの自由を拘束した。彼の執拗な愛情から逃れることは、娘にとって精神的にも物理的にも困難なことであった。
 この日も父親はシャルロットを相手に、ラブレーについてひとくさり蘊蓄(うんちく)を傾けていた。以前のシャルロットなら、父の話をひとことも聞き逃すまいという気持ちをもって聞いていたはずであるが、今の彼女は、心ここにあらずといった状態であった。そんな娘の様子を感じ取ったのか、ルール氏は話題を変えた。
「そういえば、例のジャン修道士はどうしている。」

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この記事へのコメント

2006年06月07日 15:56
 ガブもシャルロットも、恋に一生懸命で、行動力があるところが好きです。少女漫画の主人公のように、何もしないのにもててしまう…というキャラクターには、もう感情移入できる年齢ではなくなってしまいました。
2006年06月07日 16:06
 そうそう、「女性に見まごうほどの美少年」ですが、日本だけの文化だと思っていました。現在は少女漫画に受け継がれているのかな?ヤマトタケル、平敦盛、森蘭丸、佐々木小次郎(吉川英治)…の系譜です。男色文化の表出かと。 「最後の晩餐」のヨハネもそんな風に描かれていたんですね。知りませんでした。(映画全般、子供が生まれてからずいぶん見てません…。)
アッキー
2006年06月07日 16:24
額が華やかになって、恋愛ムードが漂ってきましたねえ。
「女性に見まごうほどの美少年」といえば、私のいとこの友人の一人がそんな感じですね。
2006年06月07日 21:02
場面は一転して、シャルロットと家族のなごやかな雰囲気。女性と男性といえば、性同一障害の24才の人がちょっと話題になってますね。不景気で誰もが自分の事で精一杯のような風潮の中、少しでもマイノリティ(少数派)が差別される事なく受け入れられるようメディアも努力すべきだと思います。話変わって港区のエレベーターで高校生死んだのに、シンドラー社の社長と会社の態度、超ムカツキィ~ッでした。
2006年06月08日 11:59
りんまごさん、どうも。
ガブはともかく、シャルロットのようなわがまま娘は、女性の読者には受けないんではないかと思っていましたが、そうでもないようですね。
美少年文化(なのかな?)といえば、プラトンの『饗宴』が無茶苦茶おもしろいですよ~。日本だけのものでは全然ないです。
「敦盛の最後」は、中学校の教科書によく出てきますが、これ絶対、直実が敦盛に一目ぼれする場面ですよね。直実が敦盛に名前を聞いているのに、敦盛ったら、お前なんかには名乗ってやらん、ですって。(たかび~!)普通ならここで腹立てるでしょう。ところが、この高飛車な態度に、直実はいっそう感心するわけですから、ただ単に息子と同じ年頃だからという域を超えているような気がします。直実が助けてやろうと申し出ているのに、早く首を取ったらどうかと、つれない言葉。ああ、直実の一方的な思いはまったく通じない! って、この解釈変ですかね。
子どもが幼いうちはなかなか自由がないですね。私も禁固刑を宣言された囚人のような気分になったことがあります。たまには誰かに頼んで羽を伸ばすことも必要ですね。
2006年06月08日 12:05
アッキーさん、これまでの「灰」から、気分を一新しようとして、こんな背景にしてみました。やっぱり華やかでいい感じですね。
「美少年」ネタ、みなさん反応いいですね。アッキーさんのお知り合いにもそういう方がいるのですね。この小説が現実から遊離していなくて安心しました。
2006年06月08日 12:19
パッセさん、いつもどうも。
はたしてなごやかな場面が続きますやら…。
その24歳の人のことは知らないのですが、性同一障害の小学生に、学校側がそのことを配慮して対応することを決めたという小さな記事がありました。少しずつでもこういう報道が増えたらいいですね。
エレベーター事故についてですが、死者が出ないと改善されないというのは、まったくどうにかしてほしいですね。これまでにも故障が相次いでいたというではありませんか。新聞には「14ヶ月以上保守をしていない」というシンドラー社の「談話」がありましたが、それって、別の業者が保守管理をしていたら自分たちには関係ないということなのでしょうか。それとも、そもそも14ヶ月以上保守管理が全く行なわれていなかったということなのでしょうか。よくわかりませんが、どちらにしても責任逃れの言い分だと思います。ちなみに、うちのマンションのエレベーターは2ヶ月に1度の定期点検を行い、それ以外の時でも、不具合があれば24時間体制で業者が飛んで来るようにしています。(費用はかかりますが安全には代えられません。)
ぺんぺん草
2006年06月08日 15:22
性同一障害(このネーミングが嫌いですが・・・障害になっているのは当事者をとりまく周りの無理解な人々です)について、数年前、甥っ子の高校で教師とPTAを対象にした勉強会があり、PTAのふりをして行って来ました。精神科医がごくごく初歩的なことを述べただけで、当事者の声が聞けなかったのは残念ですが、このような勉強会が継続されたらいいなと思いました。
2006年06月08日 19:38
全く本当にぺんぺん草さんのおっしゃる通りです。
「障害者」ならびに差別の表現に一番敏感なのは米国みたいで、英語での「障害者」の表現も次々と変わってきました。日本でも呼び方が変わってきてますね。
自分が生理的に受け付けない事柄を嫌悪したり差別するのはやめて欲しい。自分の価値観の押し付けが差別することにつながりますよね。「有色人種を見るだけでけがらわしい」と言うのと「同性愛者を見るだけでけがらわしい」という発想は同次元ですから。だから例えばオタクと呼ばれる人が同性愛者を嫌悪したりするのは滑稽だと感じます。
2006年06月09日 10:59
ペンペン草さん、パッセさん、同感ですね。「障害になっているのは周りの無理解な人々」というのは声を大にして言いたいところです。
ぺんぺん草
2006年06月09日 18:05
パッセさん、こんにちは(^^)/
日本に比べるとアメリカは障害者が暮らしやすい国かもしれません。
(三重苦のヘレンケラーは良い例ですね)日本でも、北海道のある当事者の団体は(精神障害)当事者が自分で自分の病名をつけちゃおうってなのりで愉快です。鬱病でも「お天気予報ウツ」の方や、「がんばり病」の鬱病の方やら、ひとそれぞれ病名が違う。少数派はいじめられやすい境遇に立たされていますが、鋭い感性(人のこころの裏や奥深さを見抜く力など)を持っている人が多いような気がします。「陽気な日曜日」のこの時代のフランスのユグノーは少数派でした。シャルロットがこの出会いを通してどのような娘さんに成長?・・・するかが楽しみです。また、負けず嫌いに見えるアドルフ兄ちゃんの今後も楽しみです。(ディマンシュのライバルに?)

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