第2話 幻影と現実―2

 さて、新しく家族の増えた日の夕刻、ブライユ家では、聖誕祭とアルの誕生のお祝いをした。ディマンシュは、持ってきた袋の中から小さな箱を取り出し、アルに渡した。
「アル、今日が君の誕生日でもあったなんて知らなかったよ。おめでとう。これは、君にノエルのお祝いとして持ってきたんだ。開けてごらん。」
 箱の中から出てきたのは、美しく細やかな細工が施されたごく小さな細身の小刀だった。
「わあ、こんなに小さくて、かわいい小刀、見たことないや。珍しいなあ。」
 アルは素直に感心して言った。
 しかし、ディマンシュになにかと突っかかる口実を探さずにはおれないガブリエルは、さっそく難癖を付けた。
「なんて弱々しい小刀だ。こんなもんで何が切れるっていうんだい。」
「これは、イギリス直輸入のペーパーナイフです。手紙の封を開けたり、新しい本の頁を切ったりする時に使うのです。ボルドーにはイギリスと貿易をしている商人がいるので、こういうものも手に入れやすいのです。」
 ディマンシュの解説は、ガブリエルの癇にさわった。ボルドーは確かに商業都市であり、ここは田舎の村である。しかし、都会風を吹かされるのは愉快なことではない。
「はぁ? 都会人ってやつはこれだからねえ。うちには手紙が来ることもないし、新しい本なんか買うこともないよ。」
「母ちゃん、兄貴がせっかくおれのためにくれたものをそんな風に言うなんてひどいよ。それに…。」
 アルは口ごもった末、こう付け加えた。
「それに…、その…、おれにだって…、誰かから手紙が来ることもあるかもしれないじゃないか。」
 アルはまだ見ぬ美しい女性が自分に恋心を打ち明ける手紙を書いてくれるかもしれないと想像して顔を赤らめた。
「わかったよ、アル。そういう時が来るまで、大切にしとくんだね。」
 ガブリエルは、アルの様子から、彼が何を考えているかだいたい想像が付いた。
『まだまだ子どもだと思っていたら、もうそんなことに興味を持つ年頃になったのかい。でも、このあたりの娘が恋文なんかよこすかねえ。字の書けない娘の方が多いっていうのに。まったくこんな役にも立たないものをくれたりして。』

 ガブリエルはこの青年をやりこめるのに何かいい手はないものかと考えた。彼女が思いついたのは、酒を大量に飲ませて醜態をさらさせることであった。
 辛口の葡萄酒を好み、理性を失うような飲み方はしなかったオーギュストであるが、ある時、甘口の葡萄酒をつい飲み過ぎてぐでんぐでんに酔っぱらったことがある。ガブリエルはそれを記憶していた。
 しかも、うまい具合に、ちょうど今、この地方特有の甘い酒が台所にある。それは葡萄酒を作った後の絞りかすに砂糖を入れたしろものであった。まともな葡萄酒ばかり飲んでいるに違いない酒屋の息子にとって、こんな酒はきっと盲点に違いないとガブリエルは踏んだ。

「じゃあ、ディマンシュ。あたしからも、あんたに取って置きの酒を出してやるよ。さあ、あんたがうちの子になったお祝いだ。遠慮せずに飲みな。」
 ガブリエルの口の端にいたずっらぽい笑いが浮かんでいるのをディマンシュは見逃さなかった。彼はその酒を一口含むなり、言った。
「危険な酒ですね。」

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この記事へのコメント

表裏
2006年02月21日 18:27
ガブリエルさんは、そんなにディマンシュ君の弱みを知りたいんですかね。そんなにディマンシュ君をいじめたいんでしょうか。
2006年02月22日 12:49
オーギュストと間違えてぬか喜びさせられたりしたことが後を引いているのだと思います。また、あまりにも欠点のない人間といっしょに生活することはかえって息苦しいものなのであり、なんとか優位に立ちたいという心境が働いているのだと思います。

実は、彼を一番いじめたがっているのは作者自身かも…。

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