第1話 聖誕祭の贈り物―1

画像 フランスは十六世紀にカトリック派とユグノー派に分裂し、長い内乱を経験した。それは一五九八年にアンリ四世がナントの勅令を出すことによって、終止符が打たれた。アンリ四世は元々ユグノー派の代表者としてカトリック勢力と激しく対立していたが、フランスの王位に付くと同時にカトリックに改宗し、その一方でユグノーに一定の信教の自由を認めたのであった。それ以降、フランスではカトリックとユグノーが共存する時代がしばらく続いた。国王の側近や軍人の中にもユグノーは大勢いた。

 フランス絶対王政の最盛期と言われるルイ十四世の治世下、一六八五年に、カトリックとユグノーの共存を可能にしていたこのナントの勅令は廃止された。「太陽王」と呼ばれ、「L'Etat, c'est moi.(朕は国家なり)」の言葉で有名なこのルイ十四世は、アンリ四世の孫にあたる。彼は祖父の行いを自ら否定した。

 ルイ十四世の側近の中には、ナントの勅令の廃止は、かつての宗教戦争のような内乱や、フランスの経済を破滅させるかもしれない大量の亡命を招く危険があると訴えた者もわずかながらいた。しかし、国王はそれを無視した。フランスにユグノーはもはや存在せず、したがって、ナントの勅令はその歴史的役割を終えたというのである。

 フランスにもはやユグノーが存在しないという状況は、次のようにして作り出された。
 最初は経済的な圧迫による改宗政策が取られたが、それは大して功を奏さなかった。そこで国王はむき出しの暴力による改宗を迫る方策に転換した。その名を聞いただけでも恐れられる手段、すなわち 「ドラゴナード」に。
 それは、端的に言えば、ドラゴン(竜騎兵)をユグノーの家に宿泊させることである。兵士たちと馬の糧食の世話をさせられるだけでも経済的にたいへんな圧迫を被るのだが、さらに、泊まり込んだ兵士たちは意図的に乱暴狼藉を働き、ユグノーに改宗を迫った。彼らが最も多く使った手段は改宗の言葉を引き出すまで眠らせないことであった。
 ユグノーの中でも、財産と技能を持った人々はいち早く国外脱出を計った。軍人、商工業者の多くが亡命者となり、彼らがなだれこんだ周囲のプロテスタント諸国は、新たに勤勉で裕福な人々を得ることになった。一方、貧しい職人や農民、その地を離れては生きていけないような人々には、ひとまず表向き改宗をして、暴力的な迫害から逃れるという選択肢しかなかった。
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 フランスの南部は、伝統的にユグノーの住民の多い地域であった。その南フランスの中でも、ラングドック地方の住民の中には、ナントの勅令廃止以降も、ひそかにユグノーとしての信仰を守り育てている人々が少なからぬ割合で存在していた。特にラングドック地方の東部にあるセヴェンヌ山地のあたりには、そうした人々が密集して住んでいる村がいくつもあった。

一六九〇年十二月二四日、セヴェンヌの山村の小さな農家で、このようなユグノーの母と子が、明日の聖誕祭のことで楽しげに語り合っていた。ユグノーの見地では、「聖人」などというものは存在しない。したがって、聖ニコラウスだか、サンタ・クロースだかが、聖誕祭に贈り物を持ってくるなどということは信じられていない。
 しかし、聖誕祭は、いつも、世界中のキリスト教徒にとって喜びの日である。この親子にとってもそれは同じであった。だが、彼らにとっては、この十二月二五日という日は、もう一つの特別の意味を持っていた。それは、息子の誕生日でもあるのだ。
 父を失ったアルベール・ブライユは十二歳になろうとしていた。

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この記事へのコメント

2005年12月25日 21:37
「プロテスタントの見地では」→「ユグノーの見地では」に訂正しました。プロテスタントの中でも、ルター派のようにカトリックの習慣を全否定していない立場もあるからです。
表裏
2006年01月16日 23:35
主人公はアルベールなのかな?誕生日が聖夜なんてロマンチックだね。
2006年01月17日 13:27
表裏さん、いくつもコメントを寄せてくださってありがとうございます。
アルベールはこの小説で重要な役割を担う人物の一人です。彼の誕生にまつわるエピソードは、またいずれご紹介しようと思っています。ロマンチックというよりむしろドラマチックな話といえるかもしれません。彼が誕生することによって少なくとも三人の人物が救われたという話です。
ベンゼン中尉
2006年09月10日 01:51
ミクシイから来ました。
文学らしくて共感が持てました。説明文と主人公の動作を入れる方法には難しさがありますよね。
2006年09月10日 10:48
ベンゼン中尉さん、はじめまして。
共感を持っていただき、ありがとうございます。この第一章の始まりのところについては、自分でもまだまだ工夫の余地あり、と思っているところです。
これからもいろいろとご指摘、ご感想、よろしくお願いいたします。

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