陽気な日曜日

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help リーダーに追加 RSS 慧眼なる読者との対話(23)

<<   作成日時 : 2007/09/30 19:38   >>

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 第22話までごらん下さった読者の皆様、ありがとうございます。せっかくちょうどいい実習を積み、最後の最後まで(彼の体質からすれば)奇跡的なまでの力を振り絞ったディマンシュでしたが、残念なことに試験の出来映えには反映しませんでした。せっかくフランスで大役を果たしてきましたが、3396−5963といったところですね。

「何だね。その数字は?」

「『さんざん苦労、ご苦労さん』という意味ですが…。」

「くだらん洒落だ。ところであの結婚式の場面での『雅歌』はどこから取ってきたものかね。」

「あれは、私が口語フランス語版の聖書から訳してみたものです。現在日本で出ている訳をいろいろ読み比べてみましたが、どうもぴんとくるものがありませんでしたので…。例えば、現在の日本語版聖書の定番になっている新共同訳(1987年)では次のようになっています。」

愛は死のように強く
熱情は陰府(よみ)のように酷(むご)い。
火花を散らして燃える炎。
大水も愛を消すことはできない。
洪水もそれを押し流すことはできない。
愛を支配しようと
財宝などを差し出す人があれば
その人は必ずさげすまれる。

「悪くはないが、なんとなく説明的な感じで、詩としての妙味に欠ける感がするな。」

「1970年の新改訳では、同じ個所が次のようになっています。」

愛は死のように強く、
ねたみはよみのように激しいからです。
その炎は火の炎、すさまじい炎です。
大水もその愛を消すことができません。
洪水も押し流すことができません。
もし、人が愛を得ようとして、
自分の財産をことごとく与えても、
ただのさげすみしか得られません。

「『熱情』が『ねたみ』になっておるが、この二つはかなり違うように思うのだが。」

「それが、ここを『ねたみ』『嫉妬』と訳しているのもけっこうあるんですよね。カトリックのフランシスコ会の翻訳でも『嫉妬』と訳していました。しかも、その言葉は二度も出てくるのです。」

愛は死のように強く、
嫉妬は地獄のように無慈悲だからです。
嫉妬の矢は火の矢。
その炎はすさまじい炎。
大水もその愛を消すことはできず、
激流もその愛を押し流すことはできません。
もし、人が自分の全財産を投げ出して、愛を手におさめようとしても、
ただ、あざけりを受けるだけです。

「最初の二つと違って、このフランシスコ会版では、詩句が“花嫁”、“花婿”、“おとめたち”、“兄弟たち”のせりふとして区切られています。この個所は花嫁のせりふだという解釈です。間延びした印象を受けるですます体も、女性の言葉だということであればうなずけるところです。」

「しかし、この小説における緊迫した状況の中で行われる結婚式には、たしかに、ですます体はふさわしくないな。」

「だから、自分で作ってみたわけです。やはり文語調の方がこの場面にはふさわしいと思いまして。私が参考にしたフランス語版では、フランシスコ版とおなじく、恋人たちやその周囲の人々のせりふになっています。私が『狂おしき想い』と訳したところは、フランス語では“la passion”、英語では“passion cruel”となっています。たしかに『ねたみ』、『嫉妬』も激しい感情の一つではありますが…。」

「ところで、このようにくどいほど比較検討した個所には、性愛の悦びなるものはさほど直截的には表現されていないようだが…。」

「そんな個所を知りたいんですか? 原典にあたってみてくださいよ。…というのもちょと冷たいので、最後に私が訳した娘の言葉をいくつか紹介しましょう。娘は都会のお洒落な娘ではなく、兄達に葡萄園の見張りを押しつけられてすっかり日に焼けた若い娘です。そして彼女の恋人は羊飼いの青年です。そうすると、言葉遣いもおのずと次のようなものになることでしょう。」

あたしに口づけをして
さあ、口づけを!
あなたの愛にあたしは酔うの
葡萄酒よりもずっと
あなたの香油の香りよりもっとよ
(…)

あたしの手を取って
あたしを連れていって、いっしょに走りましょう
あなたはあたしの王様よ
あなたの部屋の中に案内して
あたしたち二人とも
狂おしいほどに幸せにして
(…)

あたしの兄さんたちは意地悪で
あたしに葡萄畑の見張りを
押しつけたの
でもあたしの葡萄畑には
見張りなんかいらないわ!
(…)

「この『あたしの葡萄畑』というのはものすごく意味深ですね。この昔の男社会で若い娘が自分の土地を所有するということがあったのでしょうか。この『葡萄畑』は農地ではなく、彼女自身が所有している何かを暗示しているように思えてなりません。」

あたしの王様がご馳走を食べてる間
あたしの甘松香(ナルド)は香りを放つわ
あたしの最愛の人はあたしにとって
まるで芳しい没薬(ミルラ)の匂い袋
あたしはそれを胸の谷間に忍ばせる
(…)

あたしたちには緑の寝台があるわ
杉の枝が
あたしたちの家の梁になるわ
(…)

「どうやら二人の逢い引きの場所は、森の中のようです。」

森の木々の間の林檎の木だわ
他の若者たちの間に
あたしの最愛の人がいる!
あなたの木陰に座るのが楽しみ
その実がおいしいって
ことがわかるのよ
(…)
彼の左手はあたしの頭を支え
右手はあたしの身体を抱きしめるの
(…)

「とまあ、こんな調子で歌われるわけです。」

「まだまだ抑えているような気がするが?」

「これ以上はちょっと恥ずかしくて…。」

「あんな場面を懇切丁寧に書いておいて何を言う。」

「だって古代の人があそこまで書いているんですから、現代人としては臆するわけにはいかないでしょう。さて、次は、『第23話 ルール氏の人脈』です。娘が行方不明になった父親はどんな行動を取るのでしょうか。」

第22話に関する覚書

1694年秋
場所
ブライユ家の小さな家
ある宿屋
ジュネーヴ学院

登場人物
ディマンシュ・ブライユ…ユグノーの青年。従弟のアルとシャルロットとを、万難を排して結婚させる。
アルベール・ブライユ…ユグノーの青年。愛するシャルロットと結ばれる。
シャルロット…カトリックの貴族の娘。愛するアルと結ばれる。
ガブリエル…アルベールの母親。息子の恋が成就し、お気に入りの娘が嫁となって有頂天。
宿屋の主人…不思議な体験をする。
ジュネーヴ学院の学生たち…試験ができなくて愚痴を言い合う。
ジュネーヴ学院の教師…ディマンシュの抗議に対応する。

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